劉鶴副総理が恐れる
李鴻章の辿った道

 「目的がすべてを支配する」

 劉副総理はこの“格言”を引用して、中国が1年以上続いている米国との貿易摩擦を解決する上で真に欲しいものが何かについて比較的明確に語った。

 あえて必要条件、十分条件という視点から解釈すれば、前者が「米国と協力していくことを明記した文書」であり、後者が「平等で、尊厳を有する」という点である。そして、筆者の理解によれば、すべての交渉や文書が平等で、国家としての尊厳を有するという前提こそが劉副総理が言うところの「重大原則」ということであり、そして、この点において中国は「絶対に譲歩しない」ということであろう。

 劉副総理が「不一致な部分」として紹介した3つ目の「文書の平衡性」はまさにこの点に関わる。米国側が求める文書の文言や書き方が歴史上のいわゆる“不平等条約”を彷彿とさせるようなもだとしたら、それを“合意文書”として持って帰ってきたときに、自国民から“売国奴”だとののしられ、結果的に共産党の正統性に傷がつくことを恐れているのだろう。

 劉鶴副総理の訪米中、対米交渉に参加した中国の経済官僚は筆者にこう語る。

 「劉鶴は李鴻章になることを恐れている」

 米国という既存の大国との関係処理に苦闘する中国共産党は、外との戦争に敗れ、条約交渉で屈辱をなめながら、結局は内側から崩壊していった清朝末期に自らを重ね合わせているのだろうか。劉副総理は「大国が発展する過程で紆余曲折に遭うのは良いことだ。我々の能力を試すことができるからだ」と言う。筆者には劉副総理が本気でそう思っているようにみえた。

 さて、習近平共産党総書記は劉副総理のこの言葉をどう受け止めるだろうか。

(国際コラムニスト 加藤嘉一)