社会の窓を閉め忘れない方法

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 ただ、1つ言えることは、前述のとおり、チャックが閉まっているかどうかの身だしなみの確認をおろそかにしないことで、ある程度、自衛はできるということである。自明のものを自明のものとして無意識の領域に任せるのではなく、きちんと意識の俎上(そじょう)にのせて、習慣化する。当たり前のことだからこそ、おろそかにされがちな「社会の窓をチェックする」というタスクにいま一度、意識を向けてみるべきである。

 あとは、テクノロジーがなんとかこの問題を解決してくれないものか、という期待もある。自動でチャックが上がる仕組みにするには、機器が大きくなってしまいそうで難しい部分があるのかもしれないが、一定の時間(3分ぐらい?)、チャックがきちんと上がりきっていなければ警報音が鳴るくらいなら、素人考えではあるものの、比較的簡単に、安価に実現できるような気がしている。

 また、そもそもデザインとして、社会の窓があることにこだわる必要があるのだろうか、という疑問もある。実際に、着物や浴衣などの和服には、社会の窓がない。洋服でも、社会の窓をなくし、かつ小便その他がスムーズに行えるようなデザインにできないものか。服飾関係の方には、ぜひ検討してほしいものだ。そういうズボンがあったら少なくとも筆者は買う。特に、社会の窓が開いていると目立ちやすいスーツにイノベーションを起こしてほしいと願っている。

「自分が人に注目されていると思った時は、十中八九、社会の窓が開いている時だ」

 自意識過剰になったときには、この言葉を思い出すとともに、当たり前すぎてうっかりミスが多い「社会の窓の問題」についても、同じく思いをはせたいものである。

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(フリーライター 宮崎智之)