ミスリードに踊らされず
自分の頭で考えよ

 当時、このようなズレた議論が連日のように繰り返され、マスコミも大きく取り上げていた。その中で、「100年安心」というキャッチーな響きが、ひとり歩きをして、「年金だけで死ぬまで遊んで暮らせる」というミスリードを招いた可能性が高いのだ。

 というと、共産党や小池氏を批判しているように聞こえるかもしれないが、そういうつもりは毛頭ない。

 政権側の「言葉」の揚げ足取りをするのは、野党の仕事だ。むしろ、「100年安心」なんてツッコミどころ満載のネーミングをした政権側の脇の甘さが問題だ。

 しかも共産党は、企業や富裕層にガッツリ課税して、防衛費も減らして、年金だけで本気で100年暮らせる、いわば共産主義的社会を目指している政党である。そういう政策の人たちだから、「年金だけで死ぬまで遊んで暮らせる」という社会像を国民に吹聴するのは当然だし、それが実現できていない政権に噛み付くのも、しごく当たり前のアクションだ。

 そこに共感する人は、共産党を応援して一票を投じればいいだけの話である。ただ、そういうイデオロギーなしに、「年金以外に金がかかるなんて安倍政権にダマされた!」「消えた年金問題の再来だ!」というのは、ちょっと違う気がする。

 安倍首相もかねてから、「基礎年金だけで老後に必要なものを全て賄うことはできない」「蓄えも含め、また、万全な老後が可能となるよう政府としても努力もしていきたい」(予算委員会 30年2月5日)と述べているからだ。

 金融庁の報告書もかなり恣意的なミスリードだが、一部野党やマスコミの「国家的詐欺」「安倍政権の年金運用ミス」という攻撃も、それに負けず劣らず恣意的なミスリードなのだ。

 参院選を控えて今は、与党も野党も「争点」を探している状況である。そこで活躍するのが、演技上手の政治家だ。彼らは馴染みのマスコミを利用して、「こんなひどい話は聞いたことがない」「国民を愚弄するな」なんてアカデミー賞ものの演技で、国民の怒りや不安を煽る。

 果たして、本当にその問題提起は日本のためになるのか。選挙演説で、あいつが悪い、こいつの息の根を止めないと日本はおしまいだ、と攻撃をするための「テーマ設定」ではないのか。

 マスコミの「現在、問題となっている」というナレーションに踊らされぬよう、自分自身の頭で考えて判断するリテラシーが、これまで以上に求められているのかもしれない。