14歳の誕生日を迎える直前の2015年5月に、久保はFC東京の下部組織となる中学生年代のFC東京U-15むさしに加入。翌2016年には中学3年生にして高校生年代のFC東京U-18に昇格し、さらには高校1年生だった2017年11月1日にプロ契約を結んだ。

 久保はこの時から、FC東京とのプロ契約を「2019年6月4日」をもって満了とする形を譲らなかったという。幾度となく契約を延長するタイミングはあっても、実際に実現しなかったのは、久保がFC東京の下部組織に加入するに至った経緯と密接にリンクしている。

 川崎フロンターレの下部組織、小学生年代の川崎フロンターレU-12に所属していた久保は、スペインの名門FCバルセロナの下部組織の入団テストに合格。10歳だった2011年8月に海を渡り、年齢ごとに分けられたチームでも活躍を演じて将来を嘱望されていた。

 順風満帆だった軌跡は、2013年の秋ごろから急停止を余儀なくされる。国際移籍で原則禁止されている18歳未満の外国籍選手を獲得・登録していたとして、久保を含めた複数の下部組織所属選手が、国際サッカー連盟(FIFA)から公式戦に出場できないペナルティーを科されてしまったからだ。

 1年半ほどは静観して状況の推移を見守ってきたが、ペナルティが解除される見込みはなかった。このままではサッカー人生にむしろマイナスになる、と判断したのだろう。無念の思いを胸中に抱きながら、2015年3月に帰国する道を選んでいる。

 そして、1ヵ月半ほどの時間をおいて、FC東京U-15むさしへの加入が決まった。この間には恐らく他のJクラブとも交渉の場を持ったはずだが、スペイン語をほぼ完璧にマスターしていた久保が抱いていた、ヨーロッパでプレーすることへの憧憬の思いは一貫して変わらなかった。

「自分が成長し続けるために大切なのは、やっぱり気持ちだと思っています。具体的には貪欲さというか、上にはさらに上がいるということ。まだまだ自分は下にいるので、どんどん追い越せていけるように、という気持ちを抱きながら毎日を過ごしています」

 多感な十代を過ごしながら、久保はこんな言葉を残したことがある。プロ契約に伴って都内の全日制高校から通信制高校に転校。午前中に行われるトップチームの練習に参加できる状況を整えた一方で、比較的自由にできる時間が生まれたことに対してはこう言及したこともある。

「自分はスペインに行っていたので、語学の大切さは分かっています。どうにかして他の言語もマスターしたい、という思いはあります。模範的な答えになっちゃうんですけど、やっぱり英語ですよね。サッカーはどこの国に行っても、英語をしゃべれる人が多いと思うので」

 こうした考え方を見ても視線を常に海外、特にヨーロッパへ向けていたことが分かる。Jリーグがシーズンオフになると毎年のようにバルセロナを訪れ、かつて切磋琢磨してきた下部組織の仲間たちと旧交を温めてきた。久保の才能を認めるバルセロナもまた、日本での動向を注視していた。