母親とは「もう会わなくていい」

古賀 ぼくが今回の本でいちばんおどろいたのは、巻頭の口絵、幡野さんが撮影された写真のページです。優くんやご自身の写真が載っていて、それぞれに短い文章が書かれている。その中で、幡野さんのお母さんについて「死ぬまで会わなくてもいい」という言葉が入っていますよね? 本をつくる過程で幡野さんのことをだいぶ理解しているつもりでしたが、この部分のゲラ刷りを読んだとき、強い言葉に衝撃が走りました。

幡野 ああー、おもいきり、言い切っていますからねえ(笑)。

古賀 あれは読者に「家族を選びなおしてもいいし、それを明言してもいいんだよ」と伝えるメッセージだったのでしょうか。

幡野 それもあるし、自分への言葉でもあるし……あとはやっぱり、母に伝えるつもりでもあったかな。母とはぼくの確定診断を伝えた日から一回も会っていませんが、本屋に息子の本が置いてあればさすがに手に取るでしょう。彼女はほとんど本を読まない人だけど、そういう人でも巻頭の写真はパラパラ見るはず。だから、そこにメッセージを入れておかなきゃと思って。

古賀 なるほど、お母さんに対する宣言だったのか。でも、そっと距離を置くこともできるのに、なぜわざわざ言葉に?

幡野 ぼくはもう、「体調がよくなる」ってことはないんです。3ヵ月単位で見ても、明らかに弱っている。これは、ガソリンが補給できない車で運転しているようなもので。

古賀 はい。

幡野 目的地は設定してある。通過点も決めてある。だからもう、「母親」という場所には寄り道できないと思った。悪路だしガソリンを食うってわかりきっていますから。だから……会わないですねえ。

古賀 なるほどなあ。

幡野 でも、自分からは言えないけれど、そうできればいいのにと思っている人は多いと思います。じゃあどうして言えないかって、怒られそうだから。「親子の縁を切る」は、せいぜい親からしか言い出しちゃいけない雰囲気があるじゃないですか。

古賀 子どもから縁を切るなんて親不孝者め、けしからん、と。

幡野 そうそう。でも内心「親と縁を切りたい子ども」は少なくないんです、とくにがん患者には。ぼく、もしかすると医療者界隈でいちばん有名ながん患者なんですよ。ちょっと前までは写真業界でいちばん有名ながん患者だったんですけど、最近もう少しフィールドが広がって。

古賀 ははは(笑)。

幡野 それでラジオかなにかで、見知らぬ医療関係者がぼくのことを「はじめてがん患者の気持ちを的確に、かつ冷静に言える人があらわれた」と言っていたらしくって。たしかに、ぼくががん患者として発信することは、がん患者のみなさんにとっては「あるある話」だと思います。現に、ぼくの発信に対して「よくぞ言ってくれた」「代弁者だ」といったメッセージも多く寄せられました。いままでだれも言葉にしてこなかっただけなんですよね。

古賀 「家族を選びなおしたい」も、そのひとつということですね。