『週刊ダイヤモンド』5月13日号の特集は「がんと生きる ~仕事 家庭 家計 治療」。子育ての真っ最中である働き盛りの世代ががんになったとき、仕事、家庭、家計をどのように維持していけばいいのか。最新治療はどのようなものか。「がんと生きる」ための実益情報を満載しました。

 求人サービス会社エン・ジャパン社長の鈴木孝二(46歳)は2015年のある日、関連会社の休憩室で愛妻弁当を食べる西口洋平(37歳)の姿を見て絶句した。

 エン・ジャパンがまだ数十人規模のベンチャーだった時代に新卒で入社した明るく元気な体育会系社員が、別人のように痩せ細っていたのである。明らかに病的な痩せ方だった。

 驚く鈴木に、西口は最も進行した進行度Ⅳ期の胆管がんであることを打ち明けた。「またあらためて報告します」と言っていた西口が再び鈴木の前に姿を見せたのは翌16年の春のことだった。

「ステージ(進行度)が進んでしまっているので、いつ何があってもという状況で今考えています」。西口は関連会社を退職し、会社とは別の「最後の仕事」、子供を持つがん患者をサポートするウェブサービスの活動に本腰を入れることを決意していた。

「無理でしたら全然いいんですけど──」。西口はさらに続けた。新卒から働き続けたエン・ジャパンでも、今の自分だからできることがあるならば「何か残したい」と希望したのである。

 鈴木は「分かった。探してみる」と応じた。昔からよく知る社員だから情にほだされたわけではない。経営者として個人的な感情は意思決定の中に入れない。ちゅうちょしなかったのは、西口であればやってもらいたいことがあるはずと踏んでいたからだ。

 拠点立ち上げから法人顧客の新規開拓まで苦労を共にしてきただけに、彼の実力も実績も十分知っていた。

 実際、社内の人事部門に投げ掛けてみると、社員採用業務をオファーする回答が返ってきた。人材紹介事業で採用業務の実務経験がある西口のキャリアとその人物評価から、良いパフォーマンスが期待できるという判断だった。

 がんになってなお、権利ではなく、能力で自らを売り込んだ西口は今、エン・ジャパンでのパートタイムと患者サポート活動、そして治療をそれぞれこなす日々を送る。

エン・ジャパンのオフィスで話す社長の鈴木孝二(左)と西口洋平 Photo by Toshiaki Usami
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 西口のケースは一般的とは言い難い。Ⅳ期のがんではあるが、抗がん剤がよく効いていることもあり、高い業務遂行能力を維持している。一般的にはもっと体力が落ちる。しかし、長年の実績と人物評価から蓄積された信頼、いうなれば「信頼貯金」がたまっていた点に学ぶところは大きい。

 あなたは職場の人たちに一緒に働き続けたいと思われるのか。あなたは今の会社で働き続けたいと思えるのか。がんになったとき、会社と職場、社員の信頼関係が試される。

カミングアウトで子供や職場の反応は? 伝えて後悔した人「0%」

 『週刊ダイヤモンド』の5月13日号の特集は「がんと生きる ~仕事 家庭 家計 治療」です。

 「がん=死」であり、がんになったら働き続けられないという認識があるとしたら、それは時代遅れです。働きながら治療を受けるがん患者は推計で約32万5000人。医療技術の進歩もあり、今やがんは通院しながら治療を続ける慢性疾患のような位置付けに変わってきています。

 子育ての真っ最中である働き盛りの世代ががんになったとき、仕事、家庭、家計をどのように維持していけばいいのか。とりわけ男性は、職場で不利に働くことなどを懸念してか、性分からか、がんになったことを広く公にしたがらないもの。他のがん患者に相談することもせずに、一人で悩みを抱え込みがちです。

 そこで本特集は、患者と企業へ2大調査を実施しました。

 一つは子供を持つがん患者のピア(仲間)サポートサービス「キャンサーペアレンツ」との共同で同会会員を対象に行った「がん患者の仕事とお金に関する実態調査」。がんと診断されたときに仕事をしていた現役世代の回答から、仕事や家計の現代事情を明らかにするとともに、個々の生の声をたっぷりお伝えます。

 もう一つの調査は、がんに対する企業の支援制度に迫る「がん就労者支援に関する実態調査」です。企業は何に困っているのか、どのような支援を行っているのか。企業別の制度導入・体制整備状況を一覧にしました。

 2016年12月に改正がん対策基本法が成立し、がん治療と仕事を両立できるよう、企業などの事業主に対してがん患者の雇用継続に配慮する努力義務を課しました。「子育て」や「介護」に続き、「がん治療」と仕事を両立させるための体制整備に直面する企業の人事労務担当者も必見です。

 がんであることを職場や子供に伝えて後悔している人(伝えて「良くなかった」と回答した人)は、なんと「0%」。どのように伝えたのか。どんな反応が返ってきたのか。実情からカミングアウトの損得や手順が見えてきます。

 そして、気になる最新のがん治療。今、最もホットな”医療革命”といわれるのが「プレシジョン・メディシン」です。日本語ではよく「精密医療」と訳されますが、この真の意味を知る人は少なく、言葉だけが独り歩きしている状況。その全容と主要ながんの治療最前線に迫ります。

 国内で年間約86万人(12年推計値)が新たにがんと診断され、このうち約3割は働く世代である20~64歳です。「がんと生きる」というテーマは、今がんになっている人だけのものではありません。だれしもががんになる可能性がある。あなたの家族や同僚がなるかもしれない。他人事で片づけられる人は「0%」です。