哲学カフェという「遊び」は、いまから四半世紀ほど前、パリの街角のカフェで生まれました。哲学者のマルク・ソーテが始めたとされますが、哲学カフェは誕生の瞬間から、偶然の要素を多分に含んでいました。

 1992年初夏、ある日曜日の午前中に、ソーテと彼の仲間たちがバスティーユ広場に面したカフェに集まりました。店の名前は「カフェ・デ・ファール」。やや時代遅れなつくりながらも、ごくありふれたパリのカフェでした。ソーテは当時、グランゼコールの一つであるパリ政治学院で哲学の教授を務めていて、この日は仲間うちで日曜日恒例の研究報告の会をおこなっていました。するとそこに、前日ソーテが出演したラジオ番組のリスナーの何人かが、「今日カフェ・デ・ファールで哲学の討論会があるようだ」と誤解してソーテたちのもとに押しかけてきました。集ったのは総勢10名ほど。ソーテはせっかく来てくれたのだからと、その場で即興の進行役を務め、「死」というテーマで哲学の討論をおこないました。

 するとこれが好評で、これ以降、毎週日曜日の午前中になると、哲学好きの人々が自然にカフェ・デ・ファールにやってきて、ソーテたちと哲学討論をおこなうようになりました。そうこうしている間に、たまたまお店に居合わせたお客さんたちも哲学討論に加わるようになりました。学生や会社員、若いカップル、弁護士、老紳士、組合活動家の女性、黒人のレゲエ風ミュージシャンといったような、職業も年齢も性別も社会的立場もバラバラな多様な市民たちが、一つの哲学的な問いをめぐって意見を交わしました。最終的には、150人以上の人々が集まる日もあり、カフェからは人があふれ出るようになりました。これが哲学カフェのはじまりとされています。

 ソーテ自身は、98年に52歳の若さで急逝してしまうのですが、その後もカフェ・デ・ファールでは、定期的に哲学カフェが開催されていて、いまではこのお店は「哲学カフェ発祥の地」として有名になりました。また、この活動はフランス各地のカフェにも飛び火して、フランス全土でちょっとした社会現象に。間もなく、その流れは国境を超えて、世界中へと広がりました。

 このようにして、街角のカフェで哲学的な問いについて対話するという、いかにも「フランスっぽい!」哲学カフェの文化は、いまや世界各地で受け入れられるようになったのです。