しょせんはインターネットというお釈迦様の手のひらの上で踊っているだけなので、どうしてもそうなるのは致し方ないのだが、それをそのままデモ映像として得意げに紹介する時点で、感性が鈍いとしか言いようがないと思った。

 筆者は最近、三菱自の「アウトランダーPHEV」で450kmほどツーリングした。その車両にはカーナビがついておらず、かわりにスマホをミラーリングできる車載端末が装備されていた。果たして、音楽でもカーナビでも、はたまた他の機能でも、日ごろから使い慣れ、端末側でもいろいろ学習もしている「OK Google」で何でもできてしまう。

自動車業界は
恐怖感に駆られている

 常に持ち歩いているスマホを媒体としたプラットフォーマー業界と、移動プラスアルファの付き合いに限定されるモビリティ業界では、人間が生きるということへの洞察がまるで違ってくるのは当たり前なのだが、自動車業界は今、自分たちが「食物連鎖の頂点」に行こうとして必死に抗っている。

 そうしないと「生きていけないのではないか」という恐怖感に駆られての、いわば生存本能にもとづいた行動だろうが、自分たちの殻を破って本当に面白いことをやろうとするならば、単なる協業、水平分業ではなく、勇気を持ってプラットフォーマーの下に付くことが必要ではないかと思う。

 彼らは自動車とは逆に、モビリティの世界においては頭脳はあっても身体は持てない存在。言い換えればライブがないのだ。

 自動車業界がライブの素晴らしさに本当に自信があるのなら、CASEの時代がきたとしてもモノにもう少し誇りを持っていい。そういう性根を持てれば、モーターショーも新しい存在意義を示すことができるようになるかもしれない。

 だが、今まで「食物連鎖の最上位」の居心地の良さに浸りきってきた自動車業界が、その荒海に乗り出す勇気を持てるかは疑わしいし、モビリティの素晴らしさに対して本当の自信、信念を持っているかもおぼつかない。このままでは、世界のモーターショーが完全に瓦解することは止めようがないであろう。

 ついでに言えば、CASEのワンパンチを食らったくらいで世界の自動車メーカーの信念がぐらついている今の状況は、東京モーターショーが世界をアッと言わせるチャンスでもある。そういう気概もプランも一切聞こえてこないのは、至極残念だが。