「だが、たかがインターネット上に出回った一言でこのざまだ。誰がどんな目的で流したのか、そっちの方が気にかかる」
「世界同時に流れた模様です。テレビでも言っていたように、10カ国以上の言語で、世界中の不特定多数のサイトに書き込まれ、それが見る間に拡散していった模様です。警察庁は当初、アノニマスの犯行かと言っていましたが、どうやらそうではなさそうです。もっと大きな組織が動いているようだと見ています」
「それは何なんだ。国家レベルのものなのか」
「今のところは何とも言えない状況です」
「何とか収拾をつけなければ。このまま放っておくと大変なことになる。いや、もうなっている。現実に膨大な被害が出ている」
総理は悲痛な顔と声で言った。
「すでに一部の国民の間ではパニックが起きています。一時、携帯電話がつながらなくなりました。全国から首都圏に電話が集中したのです。地方の親族から、都内在住の身内や友人への電話です。さらに、東京から逃げ出す者たちが後を絶たないという報告です。夕方にはJR、飛行機に人が押しかけるとの報告もあります。いずれ、企業にも広がっていくでしょう」
福島原発の事故の時と同じだな、と総理は思った。あのとき、外国人は一斉に日本から逃げ出した。今度はどこに逃げるというのだ。
「どうすればいい。このパニックを収めるためには」
「総理が直接、国民に呼びかけてはいかがです」
「なんと言えばいいんだ。すでに政府見解は出してある。デマに惑わされるなと。しかし、多くの国民はそれを聞こうとしない。たしかに首都圏直下型巨大地震などいつ起きてもいい状態だ。ちょっと針の先で突いてやれば風船は破裂して、大騒ぎになる」
「すでにその用意は出来ていると伝えればどうです。日本は地震ごときではビクともしないことを訴えるのです」
「ダメだ、それは。今回のデマを認めることになる。パニックは、さらに拡大する可能性がある」
国民は総理の言葉など聞かないだろう。間近に迫った危機の方に神経がいっている。下手な言葉は火に油を注ぐようなものだ。
「では、すべては想定済みで、被害を最小限にくい止める努力はしていると訴えられたら」
「同じことだ。余計混乱が増すだけだ」
その時、総理の頭に一つの考えが浮かんだ。
(つづく)
※本連載の内容は、すべてフィクションです。
※本連載は、毎週(月)(水)(金)に掲載いたします。