「すべてのわざには時がある」

 森嶋は呟いた。早苗の言った聖書の言葉を思い出したのだ。意味は違うだろうが、これほど大きな騒ぎになったのは、時、場所、状況、すべてのタイミングがピタリと合ったせいだろう。そして、神ならぬそのわざと時をコントロールするものがいる。

〈何なの。なんて言ったの〉

「何でもないです。ところで、理沙さんはこれからどうなると思いますか」

〈私は預言者じゃない。事実の報告者にすぎない。現在、起こっていることを出来る限り正確に客観性を持って、多くの第三者に伝える。これが私の役割。それからは第三者が自分の考えで解釈し行動する。私は単なるレポーターよ〉

「良きレポーターは良きアドバイザーでもあってほしいですね。情報量、勉強量、先見性、すべてずば抜けているんですから。僕なんて、右往左往するだけ。何をすべきか分からない」

〈これから、ある都民は東京を逃げ出す。それが出来ない都民は家にこもる。その他は普通の生活を続けようとするけど、それがなかなか難しくなる。企業もいずれ拠点を他の都市に移すでしょ。なんせ、日本の中心が危ないってことが全世界に知れ渡った。株価と為替の暴落。日本国債の流通利回りは上がり、国債価格は下落する。金融機関の取り付け騒ぎが起こって、破綻ラインに近づく金融機関が続出する。格付け会社はこぞって日本のすべての評価を下げるでしょうね。それにより、ますます日本の価値が落ちていく。最悪のスパイラルが始まる〉

 理沙は優美子と同じことを言った。

「どうすればいいんですか」

〈じっと嵐がすぎていくのを待つしかない〉

「その間に日本は沈没しませんか」

〈私もそれを心配してる〉

 一瞬の沈黙の後、森嶋君と呼びかけてきた。

〈アメリカのハンサム君はもう日本に戻ってるんじゃないの。彼らの情報収集能力は日本の比じゃないわよ。一度聞いてみたら〉

 野田さん電話ですよ、と背後で声が聞こえる。

 森嶋はそのままロバートの携帯電話の番号を押した。しかし返ってくるのは、電源が入っていないことを告げる声ばかりだ。

〈新情報が入ったら私にも知らせるのよ〉

 声とともに電話は切れた。