佐藤優 知を磨く読書写真はイメージです Photo:PIXTA

最前線で働くビジネスパーソンが押さえておきたい、時代の変化とその背景を理解する上で欠かせない注目書籍を作家で元外交官の佐藤優さんが厳選する。自身も手術で経験した「記憶の圧縮と再現」を体現する法とは?戦国時代の日本に中国のような「軍師」が生まれなかった理由とは?また、ビジネスパーソンが出世競争を勝ち抜くための意外な最強セオリーとは?『もう、時間に追われない。逆算時間術』『軍師の日本史』『コミュ力不要の社交術』の3冊から「ここだけは読んでほしい重要な箇所」を紹介する。(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)

心臓手術を受けて経験した
「記憶の圧縮と再現」を体現する法

 水野学著『もう、時間に追われない。逆算時間術』は、時間の使い方に関する優れた実用書だ。時間は伸び縮みする。物理的には同じ60分であっても、向き合い方によって、いくらでも伸ばすことができる。

水野学著『もう、時間に追われない。逆算時間術』ダイヤモンド社、2026年4月刊行水野学著『もう、時間に追われない。逆算時間術』ダイヤモンド社、2026年4月刊行

 評者は7月2日に東京女子医科大学病院で全身麻酔による心臓施術(ウオッチマンと通称される左心耳閉鎖術)を受けた。麻酔から覚めた瞬間に、1987年8月にモスクワに到着してから、95年3月に同地を去るまでの記憶があふれるようによみがえってきた。これまで凍結されていた記憶が解凍されたような感じだ。わずか数秒に7年8カ月の記憶の大部分がよみがえってきた。仮に文字起こしするならば、毎日8時間机に向かって4~5年はかかる量になると思う。

 ビジネスパーソンや学生が、記憶の圧縮とその再現をするのに最も適当なのが小説を読むことだ。水野氏は小説の特徴についてこう記す。

〈小説には、余白を汲み取る力が求められます。映像は情報量が多いし、ビジネス書は言いたいことを明確に書いてくれる。しかし小説は、すべてを説明してはくれない。必ず余白があります。例えば、暑い、と書かれていたとすると、それがどのくらい暑いのかはこちらが想像するしかありません。3人いれば三者三様の「暑い」を思い浮かべながら読んでいるはずです。だから、想像力の訓練になっていくのでしょう。

 さらに、この先はどうなるんだろうかと想像したり、この場面はどんな顔をしているのかをイメージしたり。人の感情を想像し、追いかける力が磨かれます。

 加えて、小説には心理描写があります。この人はなぜ怒ったのか、なぜ黙ったのか、笑顔の奥で何を感じていたのか。それを読み重ねていくうちに、人がどういうときに心を動かされ、何に傷つき、どんな順番で言われると受け入れられるのか、といった感情の機微が、自然と蓄積されていくのかもしれません〉(104ページ)

 小説には、書かれていない内容(水野氏が言うところの余白)が多々ある。小説を読むことで、余白について想像する力がおのずから付く。また小説は、その内容を一瞬のうちに記憶に再現することができる。小説を読むことで、情報の圧縮と再現だけでなく、書かれていない事柄を読み取る能力も身に付くのだ。こういう能力が生成AIが普及する時代に知的労働に従事する人が生き残るための、重要なツールになる。