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元週刊ダイヤモンド編集長が高校生向けに実施している授業「大学の経済学入門」を基にした連載『経済学タイムトラベル 歴史を動かした経済思想家たちの軌跡』。第8回は経済理論家ジェイムズ・ステュアート(James Steuart、1713~80)の後編です。ステュアートは後期重商主義時代を代表する経済理論家ですが、アダム・スミスの『国富論』登場で時代遅れとされ、忘れられた経済学者となってしまいました。しかし、マルクス、ケインズ、シュンペーターといった世界史上に名高い経済学者は、意外なことに18世紀のステュアートをかなり高く評価していることに気が付きました。3大経済学者の重商主義評価、ステュアート評価に耳を傾けてみましょう。
「最高峰」「合理的」「スミスと比肩」
3大経済学者が意外にも重商主義を高評価
生徒E:高校の「政治・経済」の教科書では現代史上の3大経済学者は、マルクス、ケインズ、フリードマンです。ボクの高校で使っているのは清水書院版ですが。
生徒B:私の高校は東京書籍ですが、写真付きの3人はまったく同じです。でも、別のページでシュンペーターが写真付きで紹介されています。
え、フリードマンが? そうでしたか。でも、重商主義を多面的に考えるにはシュンペーターでしょうね。フリードマンを含めて4人はいずれ、この連載の主役として登場します。
シュンペーターは経済思想史の流れにはあまり出てこないのですが、「政治・経済」の教科書にもあるように、企業のイノベーションが経済成長を駆動するという理論をつくり、経済学より20世紀後半の経営学に大きな影響を与えました。
そして、マルクス、ケインズ、シュンペーターの3大経済学者は、意外にもジェイムズ・ステュアートや重商主義を高く評価していたのです。
前回までに話したようにステュアートといえば、同時代のアダム・スミス『国富論』に吹き飛ばされ、時代遅れとなり忘れられた存在です。なぜ、3大経済学者は高く評価したのか。3者にはそれぞれの思惑がありました。
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では、マルクスから順に見ていきましょう。
(1)マルクス(1818~83)は資本主義の「準備段階」としての重商主義を評価
マルクスは重商主義の時代を、資本主義が誕生するために不可欠な「資本の原始的蓄積(本源的蓄積)」のプロセスだったとしました。国家が国内外から資本(富)を集め、小生産者を土地から追い出して「賃労働者」へと変えた一連のプロセスは、近代資本主義をスタートさせる準備になったというわけです。
経済思想史や経済学史の専門書に、マルクスは『経済学批判』(1859)『剰余価値学説史』(1863)『資本論 第1巻』(1867)のなかで、ジェイムズ・ステュアートを「重商主義の総括者」と呼び、古典派以前の最高峰として高く評価した、と記されています(★注1)。
そこで、マルクスの『資本論』第1巻(上下、今村仁司他訳、ちくま学芸文庫、2024)と『経済学批判』(武田隆夫他訳、岩波文庫、1956)それに『剰余価値学説史(1)』(岡崎次郎他訳、大月書店、1970)を一読したのですが、「ステュアートは重商主義の総括者」という表現は発見できませんでしたが、『経済学批判』の本文65ページに、「ブルジョア経済学の全体系をあみだした最初のイギリス人、サー・ジェイムズ・ステュアート」と記載されていました。
また、『経済学批判』巻末の人名索引には、「マルクスによれば彼(ステュアート)の学説は重商主義の合理的表現である」とあり、さらにマルクス自身の言として、「資本の理解のための彼の功績は、一定の階級の財産としての生産諸条件と労働力とが分離する過程がどのようにおこなわれているかを証明したことにもとづいている」(『経済学批判』11ページ)と訳者が紹介しています。
これらの引用は『剰余価値学説史(1)』第1章「サー・ジェイムズ・ステュアート」で「資本の理解についての彼の功績は、〈ある一つの〉特定階級の所有物である諸生産条件と労働能力とのあいだの分離過程が、どのように起こったかを指摘した点にある」と書いている部分を抜いたものでしょう。利潤はその商品の実質価値から分離された価値、つまり、より高く売ることから引き出されるということです。そして、「ステュアートは重金主義と重商主義との合理的表現である」とも書いていました。
『資本論』第1巻では第12章「分業とマニュファクチュア」で次のように述べています。
「商品交換に媒介されて発展をとげたすべての分業は、都市と農村の分離を基盤とする。社会の全経済史が、都市と農村のこの対立運動に要約されていると言っても過言ではないが、これについてはここでは立ち入らないことにしよう。(中略)この点については、サー・ジェイムズ・ステュアートが最もうまく論じている。『国富論』の一〇年前にでた彼の著作が、今日いかに知られていないかは、次の事実をもってしても分かる。マルサスは『人口論』の初版で、仰々しい演説風の部分を別とすれば、ウォレスやタウンゼントといった坊主たちとならんで、ほとんどステュアートを書き写しているにすぎない。ところがそのことを、マルサスの崇拝者たちですら、知らないのだ」(マルクス『資本論』第1巻)。
マルクスは、「君たちはステュアートを知らないのか!」と怒っているかのようですね。難解な言い回しが多いですが、マルクスはステュアートを、重商主義を合理的に記述し、初めて「ブルジョア経済学の全体系」を書いた経済学者だと評価していたのです。
生徒A:ブルジョア経済学とはどのようなものですか?
資本主義の発達を肯定する経済学のことで、資本主義を否定するマルクスに特有の言い回しです。歴史的な言葉で、現代では死語ですね。覚えなくていいです(笑)。政府が完全に計画・管理するのが社会主義ですから、マルクスが重商主義を評価するのは不思議ではないですが、ステュアートについての高評価には驚きました。
【次ページのポイント】
(1)ケインズ「重商主義は当時の状況では妥当な政策」
(2)ケインズ「保護主義は利害関係者がゆがめる可能性あり」
(3)シュンペーター「重商主義者は貴金属獲得を目的にはしていない」







