USBフラッシュメモリは
なぜ「成功」と言えないのか

――全部ですか……たとえば、ゼロからUSBにフラッシュをつけてドライバーレスで認識させたUSBフラッシュメモリはデファクトスタンダードとなって、やがてフロッピーディスクドライブが駆逐されました。成功した、と言えないでしょうか。

 USBフラッシュメモリも「成功」とは言われますが、自分ではそう思っていません。

 ビジネスモデルや運営方法など、どれをとっても「成功」とは言い切れない。立ち上げた時に、IBMやアップル、そしてDELLに売り込みに行ったんです。アップルには採用されなかったのですが、2000年に世界初のUSBフラッシュドライブはIBMから売り出され、2001年にはDELLがデスクトップPCの筐体の背面から前面にUSBゲートを変えて、USBフラッシュドライブをオンラインで販売してくれました。でも、いま思えば、ビジネスモデルの設計がうまくいっていなかった。

 それに、発売前から模造品が出るであろうと予想していて、M-SYSTEMS(コンサルティング先だったイスラエルの会社。ナスダック上場会社だったが、のちにサンディスクに買収される)に別のビジネスモデルも提案はしたんです。でも最初のモデルでも、ある程度儲かることが見えていたので、そのままスタートしてしまった。5年間ぐらいは順調に売れましたが、案の定、競合が山盛り出てきて、コスト競争に巻き込まれていきました。最終的には皮肉なことに、いったんは巻き返した競合のサンディスクに買収された。このシナリオを回避させられなかった点だけでも大失敗です。

 次に、このプロジェクトをリードしたイスラエル人2人と一緒に作ったのが、サンディスクの「ダイナミック・デジタライツ・マネジメント」という暗号プロトコルです。MDRMというスタートアップをアメリカに作って取り組み、サンディスクに20億円で売却したら、彼らは去って行きました(笑)。でも、もしM-SYSTEMSのときにUSBを展開しつつ、次の仕込みもやれたら、USBメモリのデータマネジメントプラットフォームを持つ会社になったと思います。イスラエルの会社独特のカルチャーもあったけど、やはり僕の知見が足りなかったし、説得が弱くて、もったいないことをしたなと思っています。

 そうやって思い返してみると、本当にどのプロジェクトも不満です。満足する瞬間はないんですよ。クライアントやお客さんが、新しい商品・サービスなどに驚いたり喜んだりするのを見た一瞬だけは好きですけど、「ヤッター!」とか一生ないと思いますね。子どもの時からそう。病気だと思います(笑)。

濱口秀司(はまぐち・ひでし)/京都大学工学部卒業後、松下電工(現パナソニック)に入社。R&Dおよび研究企画に従事後、全社戦略投資案件の意思決定分析を担当。1993年、日本初企業内イントラネットを高須賀宣氏(サイボウズ創業者)とともに考案・構築。1998年から米国のデザイン会社、Zibaに参画。1999年、世界初のUSBフラッシュメモリのコンセプトをつくり、その後数々のイノベーションをリード。パナソニック電工米国研究所上席副社長、米国ソフトウェアベンチャーCOOを経て、2009年に戦略ディレクターとしてZibaに再び参画。現在はZibaのエグゼクティブフェローを務めながら自身の実験会社「monogoto」を立ち上げ、ビジネスデザイン分野にフォーカスした活動を行っている。B2CからB2Bの幅広い商品・サービスの企画、製品開発、R&D戦略、価格戦略を含むマーケティング、工場の生産性向上、財務面も含めた事業・経営戦略に及ぶまで包括的な事業活動のコンサルティングを手掛ける。ドイツRedDotデザイン賞審査員。米国ポートランドとロサンゼルス在住。