USBフラッシュメモリや、マイナスイオンドライヤーのコンセプト設計などで知られる、世界的なビジネスデザイナーの濱口秀司さん。商品企画やマーケティングのみでなく、工場の生産性向上や、研究開発(R&D)戦略、事業戦略、M&Aや戦略投資を含む財務分析など、あらゆる角度から競争力強化をデザインする濱口さんには、世界中からオファーが殺到する。そのなかで引き受ける仕事の条件とは? そして、ビジネスの成功基準としてもっとも重視している点などを聞いた。(撮影:野中麻実子)

問題解決を複雑にする
3つの要素

――濱口さんが普段おっしゃっている、既成概念によるバイアスの構造を可視化して、それを打破することでイノベーションを起こす「シフト」の手法は、ビジネスに限らず、国の政策やNGO/NPOの取り組みなどにも広く応用できそうですが、なぜ「営利企業」の「ビジネス」に限定して引き受けるのですか。

濱口秀司(はまぐち・ひでし)さん

 仕事を受ける最低条件は、「それが誰にも解けなさそうに複雑で難しいこと」です。そのなかでも、なぜ、「For Profit」の営利企業としか仕事をしないのか、そこには明確な理由があります。

 組織活動や事業における難しい問題の要素というのは、大きく次の3つに分類されます。

(1)値判断基準(Value Measure)
(2)意思決定(Decision)
(3)不確実性(Uncertainty)

 このうち(2)について、イノベーティブな意思決定の組み合わせを創り出すのが僕の仕事ですが、そのためにも、この3つすべてをクリアしなければなりません。

 しかも、これら(1)~(3)は、それぞれに複雑です。

 「(1)価値判断基準」は、どうなったら成功なのか、という基準です。

 「(2)意思決定」は対象はさまざまですが、たとえば「R&Dに8億円投資する」「カラーバリエーションは3つで展開する」「日本でなく米国から発売する」といった、決めればすぐにもできる、今やるべき重要な決定です。

 そして、「(3)不確実性 」は、「売れるのか」「ライバルはいつ反撃するのか」「コストはどう推移するか」「中国の法律はどう変わるか」といった不確実性の把握と、それによって生じるリスクの理解です。

 実際はこの(1)~(3)の3つが複雑にからみあって、問題解決を難しくしています

 ただし、営利企業の場合は、「(1)価値判断基準」が単純です。ある意味、考えなくてもよいと言ってもいいでしょう。

 長年やってきて一番いい(1)の指標はキャッシュフローだと思います。それも、単年度でなく、たとえば10年間など長期で確認すれば、判断しやすい。指標としては、PL(損益計算書)上の税引前利益だとか色々あるけれども、PL上だけ見ていると、その会社が急激に成長したときに運転資本が不足すれば黒字倒産しかねませんので、やはりキャッシュフローが妥当でわかりやすいでしょう。

なぜROIより
キャッシュフローなのか

 余談ですが、ROI(投資収益率)のように割合(%)で見るものは、足し引きしづらく複数の投資が絡み合う戦略検討には使いづらいです。両者を比較した投資効率などは読み取れても、3つを組み合わせたらどうなるか、あるいは1つ抜いたらどうなるかポートフォリオを検討する際に使いづらい。経験上、足し引きが効きやすいのは、NPV(正味現在価値)です。将来うみだすキャッシュフロー(累積キャッシュフロー)に割引率を適応し現在価値に割り戻したものです。

 このように、営利企業の場合は「(1)価値判断基準」が単純なので、あとは「(2)意思決定」と「(3)不確実性」の取り扱いに、重点的に取り組めます。イノベーティブなアイデアであるほど前例がなく、意思決定をする経営層は嫌がりますから、彼らを論理的に説得することが必要です。そのためには、プロトタイプをリアルな購買状況でテストする購買意向調査「ベータ100」(定性的なユーザー受容性調査とは異なる)や、投下リソースに対して見込まれるリターンに影響を与える不確実性をロジックと確率分布でアセスメントして分析する「ディシジョン・マネジメント」の手法などを活用します。

 ポイントは、非常に難しい問題を請け負う時に、ビジネスであれば複雑性を生む要素が3つから2つに減る、という単純な理由です。

――「キャッシュフロー」を重視されるのは、昔からですか。

 パナソニック(当時の松下電工)在籍時の90年代初頭から、「キャッシュフローが重要」と言い続けていますが、当時はまだ「営業利益」などが重視されていて、キャッシュフローの概念が浸透していませんでした。

 価値判断基準(Value Measure)のディスカッションで当時の社長からは、「でもさ、 濱口くん。僕らにとっては、売り上げや利益以外に従業員の雇用を守ることもすごく重要なんだよね」と意見されましたが、「従業員だって、会社が一人当たり5億円払ったら喜んで辞めますよ。従業員数×5億円=全員満足ということは、すべてお金で換算できる、ということです」と、いまから思えばかなり無茶な返答をしました。

 当時と比べれば、今では世間全体にキャッシュフローの重要性が浸透したように思います。