利益は『意見』、キャッシュは『事実』
早苗は、もともと株による直接投資と聞いていたため、初めて聞くテンカンシャサイの意味が理解できず、メモする手が止まった。
「社長、転換社債というのは、株に換えることのできる社債のことです。ブラック・シップスが株に換えなければ、借入金と同じように返さなければなりません」
早苗の左隣に座っていた吉田が、小声で耳打ちをした。
「株に換えることのできる借金……ということですか?」
「まぁ、そうですね。普通の株による投資と違って、業績が悪かったら株には換えずに、返済を要求されると思います」
「サナエさん。この条件でどうでしょうか?」アンダーソンは回答を催促した。
「もともと株による直接投資と伺っていたもので、少し戸惑っております。転換社債に変更された理由を教えて頂けますか?」
早苗は疑問点について率直にアンダーソンにぶつけた。
「オー、ソーリー。ちゃんと説明しますね。千葉精密は技術力についてはとても素晴らしい! しかし、千葉精密はクリティカルな問題を抱えている!」
(クリティカルな問題?)
早苗は息を呑み、アンダーソンの言葉を待った。
「まず、財務状況が想定より相当悪いことが分かりました。多額の売掛金が滞留しています。レポートには品質問題を起こしており、未だに解決の目途が立っていないと」
「製造部が解決に向けて、一生懸命取り組んでいるところです!」
「アイ シー。でも、問題は売掛金だけではないです。在庫も問題を抱えている。前年に比べて在庫が2倍に膨らんでおり、倉庫に溢れている」
「在庫については営業部がなんとか注文を取ろうと努力しています。でもP/Lではちゃんと利益を出しています。そこまで酷いとは思いませんが……」
早苗は、伊藤との間でも同じようなやり取りがあったことを思い出していた。
「サナエさん。あなたは会計のことがあまり分かっていないようですね。利益はあくまで『意見』です。決算のやり方次第で赤字を黒字にすることは簡単にできます。キャッシュが『事実』です。千葉精密はそのキャッシュ・フローが、本業で大幅にマイナスという大きな問題を抱えているのです」