デマを撒き散らしたのは
東京日日新聞だった

 事件の日付からピンときた方も多いかもしれない。そう、障害者たちを次々と襲ったのは、関東大震災後に治安を守るため各地で結成された「自警団」なのだ。

 世界に誇る日本人の「助け合い」の精神で立ち上がった善良な市民が、なぜ障害者を次々と襲ったのかというと、彼らを「不逞鮮人」だと思い込んだからである。

《「不逞(ふてい)鮮人が放火して回っている」「井戸に毒を投げ入れた」――。そんな流言が東京や横浜で広まったのは、関東大震災後の大正12年9月1日夜から2日にかけてである。都市部の火災はおさまらず、新たな火の手も上がっていた最中だ。警視庁や神奈川県警察部は厳戒態勢をとり、住民らは自警団を組織、その一部が朝鮮出身者らを迫害する事件が起こりはじめた》(産経ニュース 2018年11月18日)

 この悪質な「デマ」を編集してわかりやすく読者に届けるという、現代における「まとめサイト」の役割をしたのが、「東京日日新聞」だ。多くの日刊紙が機能しない中で震災報道を続け、「鮮人いたる所めつたぎりを働く」「日本人男女十数名をころす」「横浜を荒し 本社を襲ふ 鮮人のために東京はのろひの世界」というフェイクニュースを撒き散らしたのである。

 結果、「ガラケー女」の身元を競うように探って、判明するやボコボコに叩くというのとまったく同じノリで、多くの「朝鮮人らしい人」が「正義のリンチ」の犠牲になったのである。

《3日以降、関東一帯で朝鮮出身者らへの迫害が頻発する。神経過敏となった各地の自警団は、朝鮮出身者とみるや集団で取り囲み、殴打し、殺害した》(同上)

 そしてもうお分かりだろう、先ほどの障害者の人々は、この集団リンチの犠牲になったのである。当時の自警団は、髪が長い、白い服を着ているなど、かなり大雑把な基準で、朝鮮出身者かどうかを見分けていたのだが、その中でももっとも頼りとしたのが「言葉」である。

 呼び止めてしゃべらせる。そこで、喋らなかったり少しでも発音がおかしかったりすると「朝鮮人」のレッテルを貼って、痛めつけるというわけだ。こういうあまりに乱暴な「有罪判定」の中で、聴覚や発話に障害のある人々がどのような悲劇に見舞われるのかというのは、容易に想像できよう。

「自警団の暴行検挙は引続き行はれてゐるが大震火災の當初、夜警団員は殺気立つて居たせいか誰何(すいか)されて返事の出来ない多数の聾唖者が随分傷害され半死半生の憂目にあった」(読売新聞1923年10月5日)