シンガポール在住のベンチャー投資家、蛯原健さんの初の著書『テクノロジー思考―技術の価値を理解するための「現代の教養」』は、「イノベーションか、さもなくば死か」「テクノロジーか、さもなくば死か」という時代をサバイブするために、アジアを中心に、最先端のイノベーションの現場をつぶさに見てきた著者の膨大な知識と経験が惜しげもなく詰め込まれた本である。
『ITビジネスの原理』『アフターデジタル』などの著作をもつフューチャリスト、尾原和啓さんが本書を「全ビジネスパーソン必読の教養(リベラルアーツ)だ」と激賞するその理由とは。(構成:田中幸宏)

テクノロジーが世界を否応なしに変えてしまう

尾原和啓(以下、尾原) 今日は蛯原さんの新刊『テクノロジー思考』を深堀りしていくわけですけれども、この本、はっきり言ってヤバいです。テクノロジーが世界を強制的にメジャーアップデートしていく時代の必読書で、大人はもとより、日本の全高校生が読むべきリベラルアーツ(教養)だと個人的に思っています。

蛯原健(以下、蛯原) ありがとうございます。

尾原 テクノロジーが世界を強制メジャーアップデートするというのは、どういうことか。わかりやすい例があります。この本の最後の章でも取り上げられていましたが、1枚目は1900年のニューヨーク五番街という一番リッチなストリートの写真。2枚目は同じ五番街を写した1913年の写真です。よく見ると、1900年の写真では、自動車は1台で、まわりは全部馬車だらけ。ところが、そのわずか13年後の写真では、全部自動車に置き換わって、馬車が1台しか写っていない。

出所:Library of Congress Prints and Photographs Division Washington
出所:National Archives and Records Administration, Records of the Bureau of Public Roads

自動車というテクノロジーの登場は、それだけ急激に、世の中に不可逆的な変化をもたらしたわけです。それと同じくらい劇的なメジャーアップデートが、まさにいま、中国、インド、東南アジアを中心に、世界中でボコボコ起こっています。

蛯原 そうですね。

尾原 ところが、それが日本の中にいると体感できないという悲しさがある。たとえば、東南アジアにはライドシェアのGrabがあるから、悪質ドライバーに騙される心配をすることなく、知らない人が運転する車に安心して乗れる世の中になりました。中国にはDiDi(滴滴出行)、インドにはOla、そしてアメリカにはUberLyftがあります。

ところが、日本はまだ従来のタクシー天国です。東京の人はそれで困らないかもしれませんが、タクシーの台数が足りない地方でも、状況は同じです。ウーバライゼーション(ウーバー化)の波は全世界を覆っていますが、日本はその恩恵をほとんど受けていません。同じことはAIの世界でも起こっていて、ソフトバンクの孫正義さんは「日本はすでにAI後進国になりました」と言っています(たとえばこの記事)。そうした背景を踏まえて、まず蛯原さんにおうかがいしたいのは、この本を書かれた動機なんです。

蛯原 はい。そのあたりは序章に詳しく書いたのですが、テクノロジーが人間社会に与える影響について体系的に言語化された言論で、かつここまでアジアが台頭してきたにも関わらず米欧発ではないそれ、というのがあまりなかったと思うのです。私はアジア投資を始めてかれこれ足かけ9年目なんですけど、そのテーマについて、この間に蓄積されてきたものを一度体系的に言語化して残しておきたい、と思っていた事が大きいです。

尾原和啓(おばら・かずひろ)
フューチャリスト、藤原投資顧問、書生
1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー、i-mode、リクルート(2回)、Google、楽天(執行役員)など12社で新規事業、投資に従事。経済産業省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザーなどを歴任。著書に『ITビジネスの原理』(NHK出版)、『どこでも誰とでも働ける』(ダイヤモンド社)、近著『モチベーション革命』(幻冬舎)はAmazon電子書籍会員にて年間総合一位。『アフターデジタル』(藤井保文氏との共著、日経BP社)は経産世耕大臣の推薦。 写真撮影:疋田千里

シリコンバレーはもうネットの中心ではない

尾原 そうなんですよね、蛯原さんじゃなければこの本は書けないし、蛯原さんには書かなければいけない義務があると思っています。というのも、本の中にも書かれていますが、ネットの中心はもうシリコンバレーじゃないですよね。

蛯原 違いますね。

尾原 ネットの中心はアジアに移ってきています。全世界のインターネットユーザーの半分はアジア人だし、もっと言うと、中国とインドの2カ国だけで、全体の1/3くらいを占めています。

出所:Internet World Statsより編集部作成


ところが、時価総額のランキングを見れば、まだまだアメリカの力は健在で、GAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)というシリコンバレー+シアトルの5社が突出している一方、アリババ、テンセントという中国の2社も肩を並べつつあります。蛯原さんはこれらの7社をかつての石油メジャーのセブンシスターズになぞらえて、大きくなりすぎたスタンダード・オイルが分割されたように、やがて分割されるのではないかと述べていますね。

蛯原 そうですね。でも留意点が2つあって、第一に、分割されるといっても国家による独占・寡占企業群の強制的な分割イベントというのは、実は過去いずれもそれが騒がれ始めてから30年以上の長期間かかっています。

第二に、スタンダード・オイルの強制分割から90年近く経った後にその流れを組むエクソンとモービルはふたたび合併してエクソンモービルとして復活し、結局は今でも時価総額世界20位以内の常連です。これはAT&Tも、日本のNTTグループも大同小異で。つまりは一度強大化して産業ヘゲモニーを握った企業は、たとえ国家が強制的に手を入れたところでそう簡単には消えないどころか超長期、本書では100年以上と予測しましたが、君臨し続けるだろうということです。

尾原 データを独占するGAFAMに待ったをかけようとしているのが欧州です。シリコンバレーに対するヨーロッパの反発は強烈で、個人データ保護を強く打ち出したEUのGDPR(一般データ保護規則)は、インターネットの自由を守り、個人のプライバシーを守る「現代の十字軍」のようだとおっしゃっていますね。

蛯原 ちょっと不謹慎な言い方をすると、欧州が出てきてようやくおもしろくなったという気がします。彼らのキリスト教に基づくDNAがいま、極端な米国的リベラリズムを根本的、思想的に押し戻そうとしている。非常におもしろいモメンタムに入ったと。

尾原 つまるところ、インターネットというのは、自由の再定義でもあるわけです。何が自由で、どこまで許容範囲なのか。とりあえず民間にまかせて行けるところまで行ってみて、問題があったら後から考えようというアメリカ西海岸的なやり方もあれば、中国のように国が全部管理しつつ、全体主義的に底上げしようというやり方もある。そこに欧州の、もっと個人に根ざした自由を尊重する立場が紛れ込んできた。

というわけで、いままでシリコンバレーだけ見ていればよかったものを、アジアも見なきゃいけない、中国、インドも知らなきゃいけない、欧州の動向も無視できないといったときに、全部を語れる人は実はほとんどいません。そこに、蛯原さんがこの本を書いた意味があると思うんです。

蛯原 ありがとうございます。

情報革命の進展で産業革命のリードが失われて、全部チャラになった

尾原 では、なぜいまになって中国、インドが伸びてきたのか。その理由を理解するには、ここ200年くらいのスケールでは全然足りなくて、少なくとも2000年くらいの時間軸で考える必要があります。中国の方に話しを聞くと、中国4000年の歴史のうち、たった200年だけ欧米にちょっと主役の座を明け渡していただけだから、そろそろ返してもらうと朗らかにおっしゃるわけです。4000年の歴史から見れば、200年というのは、たかだか5%にすぎない。誤差の範囲です。

出所:アンガス・マディソンの著作およびTED2019 Kishore Mahbubani “How the West can adapt to a rising Asia”を参考に編集部作成


蛯原 その浮き沈みを決定づけたのがテクノロジーです。歴史を振り返れば、人類発展の駆動力は、グローバリゼーションとテクノロジーの発展です。その両方に敗れたからインドはイギリスの植民地になり、中国は欧米列強によって切り刻まれたのです。それがこのたかだか200年くらいの出来事ですが、それがいま再びテクノロジーの力によってまたパラダイムが変わり、全部「ご破算に願いましては」という状況になったわけです。

尾原 18世紀後半から19世紀にかけて起こった、蒸気機関を中心とした産業革命によって、欧米へのセントライゼーション(中心化)が置きました。ところが、20世紀末の情報革命によって、産業革命のプラス分が相殺され、中国、インドの人口ボーナス期がかけ算になって、いま盛り返してきています。このまま彼らが支配的な勢力になるのか、それとも別の均衡が訪れるのか。ホントにおもしろい時代になりましたね。

蛯原 アメリカの政治学者イアン・ブレマーは、いま世界を牽引しているのはG7でもG20でもなく、リーダーなき「Gゼロ」の世界だと述べていますが(『「Gゼロ」後の世界』日本経済新聞出版社、2012年)、同じことはテクノロジーの世界でも起きていて、分散化され、「中心のない世界」になりつつあります。中心のない世界においては、兵糧をたくさん持っている人口大国が強いということは当然あると思います。ゆえにインドと中国が台頭している側面がある。

3通りの読み方ができるサンドイッチ本

尾原 ここから本の具体的な内容に入っていきます。この本を読んですごいなと思ったのは、前半は新しいマクロ経済の教科書、後半は新しい地政学の教科書で、しかも両者の間に、次のビジネスチャンスはここにありますよという指南書が挟まっている。このサンドイッチ構造がヤバいなと。どういうことかというと、序章のテクノロジー思考とは何かから始まって、1章、2章と、最後の終章。この4つには、マクロ的な変化を理解したうえで、マクロ経済の土台がガラリと変わっちゃうんだから、自分の思考のOSをメジャーアップデートしないと、世の中の動きについていけないよということが書いてあります。救いなのは、技術がわからない人こそ、むしろこういう思考法ができるようになればいいんだという思考のパートです。

蛯原 そうですね。

尾原 ここまでが新しいマクロ経済の教科書で、マクロ理解なのでけっこう骨太です。そこで、ここを読んでちょっと疲れるなという方に僕がおすすめするのは、先に3章から読んでいただきたいということです。3章では、次のフロンティアはどこかということで、「(都市化から取り残された)地方革命」と「ソーシャルインパクト(社会貢献分野)」と「デジタルトランスフォーメーション(ネットとリアルの融合、いわゆるIoTなど)」の3つをあげているわけですが、日本だとどうしてもデジタルランスフォーメーションばかりに目が行きがちです。しかし、実は地方改革やソーシャルインパクトの分野にもっと大きなチャンスが転がっている。なかでも外部不経済が内部経済に取り込まれて融合していくソーシャルインパクトは、ここ5年で一番儲かるポイントになると思うんですよね。

蛯原 そこに一番お金が流れ込んできていますね。

尾原 ここは単純化すると、次においしい場所はどこで(3章)、でも次のビジネスのルールはデータ資本主義で独占構造になるから、そこは注意したほうがいいよ(4章)というコインの裏表の関係です。この3、4章だけ読んでも、十分お得な本だと思います。

蛯原 ほう。

尾原 一方、欧州は日本に住んでいるとなかなか文脈的に理解できない、ましてやインドや中国なんてわからない。でも、それがわからないと、なんでいま米中があんなに必死にドンパチやっているのかがわからない。そこで、5章以降は新しい地政学の教科書として、5章の欧州、6章のインド、7章の中国、8章の米中冷戦を読む構造になっています。本来、ここは池上彰さんが語るべきことなんだけど、最近、池上さんはこのあたりを語ってくれないから、蛯原さんが語りました。というわけで、この本は序章から2章+終章を読む人と、3章と4章だけをチャンスをつかむために読む人と、手っ取り早く就職試験にそなえるために5章から8章を読む人と、人によって別々の読み方ができるところがおもしろいんです。

蛯原 それは新しい読み方です(笑)。 【後編に続く】

蛯原健(えびはら・たけし)
1994年、横浜国立大学経済学部を卒業し、㈱ジャフコに入社。以来20年以上にわたり一貫してスタートアップの投資及び経営に携わる。2008年、独立系ベンチャーキャピタルとしてリブライトパートナーズ㈱を創業。2010年、シンガポールに事業拠点を移し東南アジア投資を開始。2014年、バンガロールに常設チームを設置しインド投資を本格開始。現在シンガポールに家族と在住し、インドと東京の3拠点にて事業を行う。日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)。『テクノロジー思考』が初の著書となる。 写真提供:蛯原健