当時5歳だった船戸結愛ちゃんを虐待して死亡させたとして、保護責任者遺棄致死罪に問われた母親の優里被告(27)の裁判員裁判判決公判が17日、東京地裁で開かれた
当時5歳だった船戸結愛ちゃんを虐待して死亡させたとして、保護責任者遺棄致死罪に問われた母親の優里被告の裁判員裁判判決公判が17日、東京地裁で開かれた Photo:PIXTA

当時5歳だった船戸結愛ちゃんを虐待して死亡させたとして、保護責任者遺棄致死罪に問われた母親の優里被告(27)の裁判員裁判判決公判が17日、東京地裁で開かれ、守下実裁判長は懲役8年(求刑懲役11年)を言い渡した。この事件を巡っては、虐待を受けた結愛ちゃんが死亡時、同年齢の平均体重のおよそ半分しかなかったこと、ノートに「もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします」などとつづっていた悲惨な状況が判明。両親への指導措置の解除や転居の際の引き継ぎ、子どもの安全確認など行政の不手際も浮き彫りとなり、児童虐待防止法と児童福祉法が改正された。(事件ジャーナリスト 戸田一法)

170ヵ所以上の傷やあざ、平均体重の半分

 判決理由で守下裁判長は「大好きだった母親から極端な食事制限を受けて亡くなっており、苦しみ、悲しみ、絶望感は察するにあまりある」と指摘した。

 判決によると、優里被告は昨年1月下旬ごろから結愛ちゃんに十分な食事を与えず、同2月下旬ごろには元夫の雄大被告(34)=同罪のほか、結愛ちゃんに対する傷害罪、大麻取締法違反の罪で起訴=の暴行で極度に衰弱していたのに、虐待が発覚することを恐れて病院に連れて行かず放置。同3月2日、肺炎による敗血症で死亡させた。

 事件を改めて振り返ってみたい。

 優里被告の虐待が表面化したのは2016年12月のクリスマス。香川県善通寺市の自宅前に結愛ちゃんが放置され、県の児童相談所が保護していた。17年3月にも、保護された。

 同年12月、雄大被告が東京都目黒区に転居。翌月の18年1月には、優里被告と結愛ちゃんも引っ越した。

 同2月9日、都の児相が家庭訪問したが、優里被告が結愛ちゃんへの面談を拒否。同20日には小学校の入学説明会が開かれたが、優里被告だけが出席し、結愛ちゃんは姿を見せなかった。