この日は都の児相職員が出廷し、優里被告が「香川で家庭をめちゃくちゃにされた。児相が関わると(結愛ちゃんが)不安定になる」などと面談を拒否したと説明。また「当時は被告との関係を重視して慎重に対応したが、結果として尊い命が奪われた」と声を震わせた。

 香川県の児相職員は「人懐っこい子だった。引っ越して亡くなったと聞き、ショックを受けた」と肩を落とした。

 検察側は雄大被告の「しつけがエスカレートし、ただの暴力になった」「優里は最初、暴力を非難していたが、言葉の暴力に洗脳されて何も言えなくなったのだと思う」とする供述調書を読み上げた。

自分が憎く、許せないと悔いる被告

 第3回公判は翌5日。香川県の医師が出廷し、17年8月の診察で左太ももにあざがあり尋ねたところ、結愛ちゃんは「パパにされた」と答え、医師が暴力をやめるよう伝えたが、翌月、優里被告が「うそをつくから夫が手を上げた」と話したと証言。

 医師は「優里被告は夫が正しいと思い、暴力も容認した」「結愛ちゃんは優里被告が大好きで、最後まで助けてもらえると思っていたはずだ。助けられるのは優里被告しかいなかった」と心情を吐露した。

 被告人質問では、優里被告が前の夫と離婚後、職場で雄大被告と出会い「結愛が楽しく暮らせる家庭を思い描いた」と述べた。しかし再婚後は「お前のために怒ってやっている」などと毎日のように説教されるようになり、昼から夜まで続くことも。

 反論すると「ろくな育児もできないくせに」と罵倒された。結愛ちゃんの顔が腫れていることに気付き指摘すると「ボクサーみたい」と笑う雄大被告。「心を覆う何かがひび割れた」。心理的DVに支配されていく様子を赤裸々に語っていた。