世界ランキング68位だった大坂なおみ選手をわずか3ヵ月でWTAツアー初優勝、8ヵ月後には全米オープン優勝に導き、さらに1年1ヵ月で世界ランキング1位に押し上げたサーシャ・バイン氏。彼の存在なしに大坂なおみ選手の快進撃はなかっただろうことは、誰もが認めるところだ。今は残念ながら契約を解消され、大坂なおみとサーシャのコンビは過去の伝説となった。バイン氏と離れた後、大坂なおみが精彩を欠いているだけに、ファンは歯がゆい思いをしている。
今回、東レ・パンパシフィック・トーナメントで、クリスティナ・ムラデノビッチ選手(フランス)のコーチとして来日したバイン氏にインタビューする機会を得た。7月に出版された彼の著書『心を強くする』に書かれた事実にも触れながら、選手からコーチに転身した理由や、昨年、若干34歳でWTA(Women's Tennis Association)最優秀コーチ賞を獲得したバイン氏のコーチングについて率直な話を聞いた。(聞き手/作家・スポーツライター 小林信也)
選手の夢を諦めてコーチの道へ
「とにかくテニスに関わっていたかった」
小林信也(以下、小林) セリーナ・ウィリアムズ選手に誘われてドイツからアメリカに渡ったのが22歳のときだったのですね。サーシャにとってそれは「夢のような出来事」と言っていいでしょうか?
テニスコーチ。1984年生まれ、ドイツ人。
ヒッティングパートナー(練習相手)として、セリーナ・ウィリアムズ、ビクトリア・アザレンカ、スローン・スティーブンス、キャロライン・ウォズニアッキと仕事をする。その後2018年シーズンから当時世界ランキング68位だった大坂なおみのヘッドコーチに就任すると、日本人初の全米オープン優勝に導き、WTA年間最優秀コーチに輝く。2019年には全豪オープンも制覇して四大大会連続優勝し、ついに世界ランキング1位にまで大坂なおみを押し上げたところで、円満にコーチ契約を解消。
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サーシャ・バイン(以下、サーシャ) イエスでもあり、ノーでもあります。いま振り返ってみれば、とてもいいオファーだったと思います。が、当時私はもうドイツのアカデミーでコーチを始めていて、そこそこお客もついていたので、それを辞めてアメリカに渡るのはリスクの高い選択でした。なぜなら、セリーナとは口約束をしただけで、最初の1年間は契約書もなかったのです。1ヵ月、2ヵ月後に「もう必要ないわ」と言って、ドイツに追い返される可能性も十分ありました。
一方で、もちろん大きなチャンスでした。幸い私は、それから7年間もセリーナのチームで働き、13回のグランドスラム優勝を達成できました。セリーナは私の才能を見出してくれた恩人です。彼女はとても温かい人で、すぐに仲良くなりました。結束も固かった。すごく楽しい7年間でした。
小林 人生の大きなチャレンジに成功したわけですね。
サーシャ 人間には2つのタイプがあると思います。知らないことを恐れる人と、それを逆に追い求める人。私はどこか茂みでザワザワ音がしたら、何がいるのかと好奇心を持って見に行くタイプです。だから、バッグふたつでアメリカに渡ったのでしょう。まったく知らない未知の国でしたけれど、いまはそこに家もある、車もあります(笑)。