29年前の今日、東西ドイツは再統合を果たしました。それを祝った演奏会とは?名曲がうまれた歴史的背景や作曲家の創作秘話をまとめた『クラシック名曲全史』著者の松田亜有子さんに名曲の秘話を伺うインタビューの第1回として、このときの世紀の演奏会について伺います。

 今日10月3日といえば、東西ドイツ統一の日です。30年前の11月9日に、約30年にわたって東西ドイツを分断していたベルリンの壁が崩壊し、29年前の1990年10月3日に東ドイツの各州が西ドイツに加盟するかたちで再統一を果たしました。

ベートーヴェン交響曲第9番ニ短調 Op.125『合唱』(ユニバーサル)/ジューン・アンダーソン(ソプラノ)、サラ・ウォーカー(メゾ・ソプラノ)、クラウス・ケーニヒ(テノール)、ヤン=ヘンドリンク・ローテリング(バス)、バイエルン放送合唱団、ベルリン放送合唱団のメンバー、ドレスデン・フィルハーモニー児童合唱団、バイエルン放送交響楽団、シュターツカペレ・ドレスデンのメンバー、ニューヨーク・フィルハーモニックのメンバー、ロンドン交響楽団のメンバー、レニングラード・キーロフ劇場(現マリインスキー劇場)管弦楽団のメンバー、パリ管弦楽団のメンバー

 ベルリンの壁が崩壊した直後のクリスマス12月25日には、東側にあるシャウシュピールハウス(現コンツェルトハウス)で、レナード・バーンスタイン(1918~1990年)の指揮によりルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827年)の交響曲第9番のコンサートが行われました。みなさん、日本では年末の風物詩としてよくご存じの“第九”です。

 この演奏会は、東西ドイツだけでなく、両国分断を招いた米ソ、そして第二次大戦でドイツと敵対した英仏という6つの混成オーケストラで演奏され、まさに記念碑といえる編成でした。また、最終楽章の「歓喜の歌」の大合唱では、東西ドイツ統合を祝って「Freude(歓喜)」を「Freiheit(自由)」に言い換えて歌われました。まさに、再統合を世界中で祝福した瞬間だったのです。

 第九のように独唱・合唱を導入した交響曲という発想は非常に斬新なもので、その後の作曲家にも大きな影響を与えました。第九の作曲時にベートーヴェンはすでに耳の状態がかなり悪化して聴こえなくなっていましたが、強靭な精神力を持って書き上げました。ベートーヴェンが最後の力を振り絞って書いた“大論文”といえます。

 ベートーヴェンの曲が歴史的に大事な瞬間に選ばれるには、やはり理由がある、と私は思います。メロディが非常にキャッチーで印象に残り、劇的なドラマが感じられる展開で、世紀の一大事に負けないだけの力が籠った音だからではないでしょうか。

 その力は意図せぬ方向にも利用されるようで、日本では、ダダダダーンで知られる交響曲第5番『運命』が、なんと1941年の太平洋戦争開戦の臨時ニュースの後で流れたのです。ナポレオンの自由、平等、友愛の精神に共感して書かれたこの曲が、なんと日本では戦争の号砲として鳴らされたということを知ったとき、私自身もものすごくショックを受けました。文豪芥川龍之介の三男で作曲家の也寸志は、「その『運命交響曲』は人生で一番強烈な印象を受けた」とエッセイで書いています。

 ベートーヴェンといえば、2020年12月16日の生誕250年の記念に向けカウントダウンに入りました。長年にわたり演奏回数が一番多い作曲家のひとりではありますが、この秋から来年にかけては、きっとベートーヴェンの演奏会がますます増えることでしょう。