「成長しないこと」を選ぶ
中小企業経営者は合理的である

 こうなれば、経営者としても無理に「成長」を目指さないことは言うまでもない。むしろ、下手に企業規模を大きくしたら、税制の優遇措置や交際費の損金処理がなくなってしまうので、経営者としてはちっとも美味しくない。しかも、従業員も増えるので、労働組合が結成されたりするかもしれない。

 従業員が数人ならば、「社員は家族だ」みたいな情に訴えて、低賃金・低待遇を我慢させられることもできるが、数十人規模になってくれば、そんな浪花節は通用しないのだ。

 そういう損得勘定をすれば、「小さな企業」のままでいる方が得という合理的な判断を下す中小企業経営者は当然増えていく。しかし、本人たちはハッピーだが、これは日本経済にとっては不幸以外の何物でもない。

 低賃金で低生産性の小さな企業が、成長することもなく、潰れることもなく、そして大きな企業と統合することもなく、「ただ存続するだけ」ということは、日本企業の99.7%を占める中小企業の中で「低賃金労働」が広がって、麻薬のように中毒になってしまうということだ。

 人口が増えている時代はどうにかごまかすことができるが、ひとたび人口減少に転じれば、生産性がガクンと落ちていく。かと言って、中小企業は低賃金をビジネスモデルに組み込んでいるので賃上げもできない。そうなれば、労働者の所得は上がらないので、結婚や家族を持つことに二の足を踏み、少子化の勢いがさらに増していく。

 この負の連鎖をつくり出したのが「1964年体制」というわけだ。

 と言うと、「毎日必死で成長をしようと頑張っている中小企業を侮辱しやがって!会社の規模を大きくしたくない経営者などいるわけがないだろ!」と怒りでどうにかなってしまいそうな中小企業経営者も多いと思うが、アトキンソン氏は何も中小企業経営者が、怠慢だとか制度を利用して私腹を肥やしているとか言っているわけではない。

 あくまで経営者としての合理的な判断として「小さい企業」にとどまっている、と述べているのだ。そんな合理的判断を、実は我々はつい最近も目の当たりにしている。少し前、こんなニュースが注目を集めたのを覚えているだろうか。

《消費増税のポイント還元対象狙い? 小売業「中小企業化」相次ぐ》(サンケイビズ2019年8月21日)

 ご存じのように、この10月の消費増税に伴って、国が税金をつかってポイント還元事業を行っている。これは実は大企業は関係なく、「中小企業」が対象だ。そこで、この制度の恩恵を得ようと、スーパーなどの小売業で資本金を5000万円以下に減らして法律上、「中小企業」になる動きが広がっているというのだ。実際、帝国データバンクによれば、今年1~7月に減資したのは412社に達し、前年同期の252社から6割以上増えたという。