オリンピックはスポーツを通じた平和の祭典である。その祭典が、なぜ、猛暑に生贄を捧げるような形で行われる必要があるのか? 冷静に考えたら、答えは明らかではないだろうか。

「オリンピックがスポーツの最高峰イベント」という評価には異論がある。しかし、現実的にオリンピックの影響力は否定できない。オリンピックが猛暑下でのマラソンを容認するなら、それは世界のマラソンに大きな影響を与える。すでにそうなっている。トップレベルの競技者だけでなく、マラソンやジョギングを愛好する中高年、そして少年少女をも間違った認識に巻き込んでしまう。

「マラソンは、真夏の暑い中でするものだ」「暑さに強くなければ、マラソンの王者にはなれない」

 こうした歓迎すべきでない悪しき常識が流布し、事故を誘発する懸念は大きい。オリンピックは、スポーツの正しい指針を示すべきだ。世界中の人々に対して、「長距離走は涼しい気候の下で行う、暑さには十分な注意が必要だ」とのメッセージを発信すべきで、間違ってもその逆であってはならない。

 かつて、マラソンを冬季五輪でやったらどうか、という提言もあったように聞く。

 冬季五輪の開催都市は「雪と氷の舞台」だから、マラソンとはイメージが結びつかない。が、季節的な観点でいえば、なかなか名案のように思う。冬季五輪と同じ時期に、少し離れた、マラソンのできる地域で開催するのは検討に値する。そもそも、マラソンの盛んな時期は冬季だし、選手たちの年間スケジュールにも合致する。

直前の変更をIOCは反省すべきだが
選手の生命のために賢明な判断だ

 それにしても、「この時期になって」との批判はもちろん正論だ。本当はもっと早く、できれば東京開催が決まった時点で「マラソンは涼しい場所で」と注文がついて然るべきだった。それはIOCの反省点であり、同時に東京都および組織委員会、そして我々メディアの認識の甘さ、行動力のなさを恥じるところでもある。

 ただそれほどに、スポーツ界に「根性論」「忍耐賛美」が深く根付いている。