子ども使ってスターと写真、母にも子にも腹が立つ

「あの人がずるい」。そんな感情から、楽しいはずの思い出を素直にそう振り返ることができなくなってしまった東京都内の女性(45)も9月、話を聞かせてくれた。

 6年前の東京・六本木ヒルズ。女性が大ファンだった俳優のブラッド・ピットと、交際相手(当時)のアンジェリーナ・ジョリーが映画の宣伝で来日し、レッドカーペットを歩いた。そのイベントの抽選に当たった女性は、高校時代の友人と一緒に出かけた。

 400人超のファンでごった返す会場。ブラピとアンジーの2人は、レッドカーペットの上でやや距離を置きながら別々にファンの声援に応え、写真撮影に応じたり、差し出される色紙にサインを書いたりしていた。

 優雅な2人の姿とは対照的に、ファンの争いは熾烈だった。警備員はいたが、他人を押しのけてでも前に出てこようとする人たちばかり。女性も、その一人だったかもしれない。

 その中に、小学校低学年ほどの子どもを連れた母親がいた。その母親が子どもに色紙を持たせてアンジーに向かうように指示しているのが分かった。

「慈善活動に熱心で気持ちの優しいアンジーなら、子どもに食いつくだろうと思ったんじゃないですか」

 実際、アンジーはその子どもにサインを書き、いつの間にか近づいていた母親も含めてスリーショットでの記念撮影にも応じた。女性にとってはそれが、思い出したくないほど腹立たしい光景だったのだ。

 女性は夫と都心で2人暮らし。普段、家の外で見かける他人の子どもは、騒がしかったり、うっとうしかったりする存在でしかなかった。

「だから余計に腹が立ったのだと思います。母親にも子どもにも」

 こうした感情はどこから起きてくるのだろうか。前出の大嶋さんは、「優劣の錯覚」や「間違った平等意識」を原因に挙げた。

「他人との関係で自分が常に『上』で、相手が『下』だと信じて疑わない人は、『下』の人間が自分より得をしている場面に出くわすと発作を起こすように攻撃的な感情を抱いてしまうことがあります。平等意識も同じ構図です。みんな平等だと思っているかもしれませんが、この世の中で何から何まで全員が平等なんてあり得ないですよね」

 宗教家はどうみるのか。浄土真宗本願寺派の研究機関、宗学院(京都府)の西塔公崇研究員(45)=富山県・金乗坊副住職=はこう話す。

「仏教の世界で言う『苦しみ』とは、自分の思い通りにならないときに抱く苦しい感情のことです。まさに、前出の大学生やレッドカーペットイベントの女性が抱いた精神的な苦しみが、当てはまるでしょう」

 なぜそのような苦しみを感じるのか。

「自分中心の心があるからだと思います。自分にとって好ましいことばかりを追い求め、都合の悪いものに対しては拒絶するだけでなく、時には腹を立てます。そうすると、自分の都合でしか物事を見ていないから、結果的に物事の本当の姿が見えなくなるという事態を招いてしまいます」

 また、宗教家の立場からこうも指摘する。

「宗教には、ある超越的な存在と出会うことによって自己の有限性を知り、自己を相対化させる機能があります。ところが、宗教が弱体化している現代において、人間は自己絶対化の度合いを増します。さらに、テクノロジーの進化でこれまで制御できなかったものを人間が制御し始めると、人間の絶対化は進みます」

 技術の進歩で得た万能感が「自分中心の心」を生み、かえって人間を苦しめているのだ。