地方で育った若者が都会に何かの夢を見るのと同様に、都会で過ごす人は田舎に安らかな生活を夢見る。隣の芝生は青いということであろうか。

 ともあれ日経新聞にピックアップされるくらいだから、今、田舎暮らしがささやかなトレンドとなっていると考えてよさそうである。しかし実際に都会から田舎に移り住んでみたらどうか。理想と現実のギャップは必ずあるはずであり、それはどの程度のものなのか。

 田舎暮らしを始めた人が発信しているブログやSNSなどの情報は、ある程度まで参考にできるがうのみにはできない。田舎暮らしを始めたという己の選択を美化、正当化しようとする意識がわれ知らず働いてしまう人は少なくないはずで、そこから発信される情報は上澄みをすくい取っただけのものにすぎないかもしれない。

 本当は今日もスリッパの中にいるムカデを知らずに踏み殺したがそのことには触れずに、「今年もナスがおいしく実りました」とだけ投稿しているかもしれないのである。

 実はこの度、筆者は郊外の田舎に引っ越した。2年後にまた引っ越す予定があるので期限付きの仮住まいではあるが、その間、やはり最高の場所に暮らしたいと思うのが人情である。厳選の末に決めた物件は、東京近県の聞いたことがない名前の市の一角にある、家賃5万円台、築30年くらいの戸建て、3LDK・100平米弱であった。

 筆者は物心がついた時から都心のバリバリ一等地でずっと育ってきていて、引きこもりがちな性質なので渋谷・六本木・麻布十番あたりの盛り場には疎いが「その辺りは小さい頃から自転車でウロウロしていてただの庭みたいなものだから、一々訪うに値しない」として自尊心を保ってきた生粋の都会人であるからして、田舎暮らしへの憧れはもちろんあった。妻も似たようなものだったので、じゃあせっかくだから実験的に田舎暮らしをしてみようと話がまとまったわけである。

 この“実験的に”という点が重要で、本気で田舎暮らしを始める人に比べて客観性が保ちやすいのではないかと考えている。“田舎暮らし”なるわが新生活を美化したい気持ちはあまりなく、「田舎暮らしとはどんなものか体験してみようじゃないか」と、まあ嫌な都会人代表のような姿勢で臨んでいるわけである。

 都会育ちアラフォー筆者が田舎暮らしについて感じたことを散文的にまとめて紹介したい。それなりに生々しい内容になるはずである。

引っ越し後が修羅場
落ち着くまでに3ヵ月

 夫婦ともに自宅で仕事をしていて、筆者だけたまに都内の仕事場に出る用がある。新居は都内の仕事場から高速道路を使って1時間と少しの場所にあった。交通の便は上々である。

 最初新居の内覧に行った時、実は当惑した。郊外に進むと建物が低く、緑が多くなっていく。あれが普通だと「ああ、やっぱり都会を離れると気持ちいいね」と感じられて心地いいのだが、目的地に着くまでに建物がどんどん低くなっていってやがて建物自体がなくなってしまった。