ただ、本稿は「公職選挙法違反」なのかどうかを直接的に論じるつもりはない。仮に違反ではないとしても、それで収束とはいかない問題があるからだ。本稿は、「桜を見る会」が含む、日本政治のより本質的な問題を考えてみたい。

安倍政権は野党だけでなく
支持者すら信じていないのではないか

 憲政史上最長の長期政権を築きつつある安倍政権を見ていて思うのは、国民をまったく信頼していないということだ。それも、反対派や野党を信頼しないだけでなく、支持者すら信じていないと感じる。

 よく、「国民が政治を信頼していない」といわれる。だが、筆者は逆だと考えてきた。むしろ、「政治家が国民を全く信頼していない」のが、日本政治の特徴である(前連載第65回)。政治家は本音では、冠婚葬祭や子どもの進学・就職などに至るまで、国民からの便宜供与の要求に応えるのが面倒だと思っている。カネがかかってしまうし、汚職に走らざるを得なくなるリスクがあるからだ。

 また、規制緩和・自由化、財政改革など「痛み」を伴う重要な政策を、国民が理解しようとしないことに不満を持っている。だから政治家は、利益誘導に必死になる一方で、改革をしても無駄だと思い抵抗する。腰を落ち着けて、中長期的な観点から政策に取り組もうとしなくなる。その上、国民は政治家の失言などに過敏に反応するだけで、論理的な判断ができないと思っている。

 安倍首相は、06~07年の「第1次安倍政権」時の挫折を通じて、国民に対する不信感を強めたと思われる(第101回)。第1次政権時、首相は「戦後レジームからの脱却」をスローガンに、歴代自民党政権が成し遂げられなかった「教育基本法改正」「防衛庁の省昇格」「国民投票法」など、首相の考える「理想」の実現に突き進もうとした。

 だが、「消えた年金」問題、閣僚の不祥事・失言など、さまざまな問題の噴出で支持率が急落し、わずか365日で退陣することになった。この苦い経験から、安倍首相は理想を掲げても国民は理解してくれない、政権を維持するには何よりも高支持率を維持することが大事だと考えるようになったようだ。