狭く・きつい棚田だからこそスマート技術が使える
兼国家戦略特区地方創生担当
鶴田晋也部長
一方、広大な圃場とは違い、日本では山の斜面に開かれた「棚田」が美しい田園風景を生み出している。実は中山間地域での棚田や畑は、全国の耕地面積の4割、総農家の4割を占める重要な耕作地だが、美しい風景とは裏腹に斜面でのきつい作業を強いられている。ここにスマート農業の技術を導入して作業を楽にし、かつ収量も増やそうという実証プロジェクトが兵庫県養父(やぶ)市能座(のうざ)地区で行われている。
養父市や農業法人Amnak(アムナック)などがコンソーシアムを組んで挑んでいるのが「持続的営農を目指した山間部水田作地域におけるスマート農業の実証」だ。能座地区の平均勾配は、10メートル先が1.1メートル高い「9分の1」。そんな傾斜のある11ヘクタール(100筆)の棚田を実証圃場として、従業員がたった2人で酒米作りを担っている。
他の実証プロジェクトと同じようにロボットトラクターや直進アシスト付き田植え機などが導入されているが、中でも他にはなく、そして圧倒的な力を発揮しているのが「無線遠隔草刈機スパイダー」だ。稲作では年間作業の半分があぜの草刈りといわれるほど草刈り作業は重労働だ。能座地区の棚田のような最大40度もある急斜面での草刈りの苦労と辛さは想像を絶する。農業者が、高齢で農業を辞める理由の一つが、草刈り作業の辛さなのである。
「スパイダー」はチェコ製の草刈り機だ。斜面上にくいを打ってウインチで支えられながらとはいえ、これまで1人の作業員が半日かかっていた草刈りを45分で済ませた。遠隔操作なので作業者が斜面で踏ん張って操作することもない。またドローンによる農薬散布は、圃場間の移動が不要になり、見晴らしの良い高台から操作すれば作業効率も良くなる。
実証プロジェクトの目標は、まずは収量を増やすこと。兵庫県下では酒米は平均すれば10アール当たり420キログラム収穫できているが、能座地区では316キログラム(18年)。これをまず400キログラムにまで増やす一方、コストは13パーセント削減する。その上で特等米を生み出すための課題を抽出する。
養父市は、14年に国家戦略特区の指定を受け、市内4地域に民間企業を母体とする13の農業法人が設立され、休耕した圃場を再生させる取り組みが続いている。養父市国家戦略特区・地方創生担当の鶴田晋也部長は、「実証プロジェクトで浮かび上がった課題を、単に生産効率を上げるためだけではなく、特区による地域再生の実りにつなげていきたい。つまり平場の産業政策としてのスマート農業ではなく、地域再生政策としてのスマート農業です」と語る。
国家戦略特区・地方創生課
東 宏樹主事
例えば、実証プロジェクトで導入されたロボットトラクターは、1筆が30メートル四方の棚田では使い勝手が悪く、償却を早めるためにフル稼働させるには課題が多い。そこでトラクターを地域全体で使えるようにするために、公道も走れるような規制緩和が必要だ。
養父市国家戦略特区・地方創生課の東宏樹主事は、「今後は農研機構と共に特区を利用し、エリア内に限って規制が緩和されるサンドボックス制度を活用して、中山間地向けのスマート農機の開発を進めていきたい」と語る。
「休耕田で稲作が復活し、棚田のある風景がよみがえる。それを誰よりも喜んでいるのは、農業を辞めざるを得なかった農業者自身です」(鶴田部長)
**画像提供/兵庫県養父市