冒険のない人生なんて、ありえない

出井 この本の抽象性が受け入れられているのは、日本の個人として、みんなが成熟してきたということなんじゃないでしょうか。人間って幼いときは、あれはダメ、これはダメ、とより具体的な指摘が飛んでくるわけだけど、大学生くらいになれば、みんな物事を抽象化することを学ぶわけですよ、本来はね。

 例えば、ヒューズが切れた。どうしてヒューズが切れたのか、と考えるのと、ヒューズの取り替え方を学ぼうとするのと、2つ対処法はあるわけです。ところが日本は、どうもヒューズの取り替え方みたいなものを教えたり学んだりするほうが、好きだったんだと思うんですね、これまでは。なぜ切れるのかを考えない。だから、現象にしか目が行かない。本質に頭が向かわないんですよ。

 でも、答えがすでにあって、その中から選び出すというノウハウ的な教育、本質を問わない教育では、仮説も立てられない。今みたいに答えがない状況に陥ると、限界に直面する。その意味で、抽象を求める成熟は歓迎すべきことでしょう。

 ただ僕は、『媚びない人生』が、そんなに抽象度は高いとは思わなかったけど(笑)。これは、メインのターゲットは、どのあたりに据えたんですか。

キム 25歳から35歳くらいが真ん中です。あとは、いろんな世代の方々に読んでもらえれば、と思いました。

出井 ちょうど1冊、プレゼントしようと思ったのは、就職活動中の学生さんなんですよ。ちょっと話をする機会があったんだけど、びっくりしてしまって。目の前の就職先ひとつで、自分の人生が決まったようなことを言うんだから。そんなことはまったくない、と僕がいくら言っても耳を貸さないので、この本を読めばまさにいいと思って。

 ほら、本当の就職先は、社会に出てから5年後に見つければいい、とキムさん、書いてるじゃないですか。あれは、まさに正しいと僕も思う。卒業時点では、どんな会社に入ったっていいんですよ。とりあえずは、社会のインターフェースに入って、そこで泳いでみて、考えればいいんだから。

 ところが、自分の勝手な想像の中で、こういう会社に入れなかったら人生はおしまいだ、こういうところは聞いたことがないからダメだ、チャンスは今しかないんだ、なんて考え方は、本当におかしな話ですよ。