しかし、軌道に乗りつつあった京懐石店ですが、2008年9月にリーマンショックが起き、利用者が激減。今のままでは、半年もたたずにキャッシュがなくなるという状況に陥りました。

 会社がつぶれる事態を覚悟して弁護士と相談する一方、田中には「大阪に帰る準備をして」と伝えました。

 すると、驚くことが起こりました。田中が引っ越しの荷造り中、以前あれほど探しても見つからなかった串カツのレシピが出てきたのです。見つからなかったのも当然で、レシピはどこにでもあるようなチラシの裏に書かれていました。

 さっそくレシピ通りに串カツを作って試食したら、すごくおいしかった。

 何もしなければ、倒産はほぼ間違いない。「どうせつぶれるなら、最後にやれる範囲でやってみよう」と、串カツ屋を出すことに決めました。

 田中家の串カツの味をお客さんに食べてもらって、田中の父親の背中を感じてもらえる店にしたいとの思いから、店名は「串カツ田中」としました。

 串カツ田中の第1号店をオープンしたのは2008年12月。田中が串カツ屋をやりたいと言ってから、すでに7年近くがたっていました。