ソースネクストといえば、若い人でも「ウイルスセキュリティZERO」を覚えていらっしゃる方が多いようです。業界慣習として当たり前だったセキュリティソフトの年間更新料を0円にしたきっかけと、実施に至る勝算について、同社の松田憲幸社長に聞きました。
それまでセキュリティソフトは、業界慣習として年間更新料が必要でした。しかし、これを0円にして買い切りモデルにしてしまったのが、このソフトです。
これは革新的だと高い評価を頂いて、1000万本を超える想像以上の大ヒットになりました。発売年には、「日経トレンディ」の「2006年ヒット商品ベスト30」や、SMBCコンサルティングの「2006年ヒット商品番付」で前頭6枚目に選出されています。
実はこの大ヒット製品のヒントも、身近な声にありました。私自身の両親が、毎年のように電話してきていたのです。
「ウイルスの対策ソフトの期限が切れると出ているけど、どうしたらいい──?」
聞いてみると、他の社員も親から同様の相談を受けていました。
セキュリティソフトが当たり前に取っていた年間更新料は、とりわけ年配の世代の人たちに、評判が悪かったようでした。
困っている人がたくさんいるわけですから、なんとかしたい。こういうとき、私は数字が好きなので、まずは計算してみました。
どうして更新料が必要なのか。
私は直感的に、1980円の倍の値段にしたら、更新料を取らなくても売り切りでビジネスが成り立つのではないか、という仮説を立てました。そして計算をしてみると、これでいけそうな見込みが立ったのです。
そもそもメーカーの理屈でいくと、更新料を取る理由を次のように説明するはずです。
「我々は日々さまざまな情報収集、研究開発をしてウイルス対策のワクチンを作っていて、その開発には多額の費用が必要なんです。ユーザーの方にご負担いただかないと困ります」
しかし私は、これにはカラクリがある、と気づきました。業界慣習も疑ってかかったのです。
たとえばAさんという人が、2018年1月1日にセキュリティソフトを買ったとします。そうすると、1年分は更新料なしで使えます。つまり、2018年12月31日までは1年間無料で使える。2019年1月1日以降は、1年ごとにお金を別途徴収するシステムが業界慣習でした。
また、もう一人のBさんは2019年の1月1日に買った。そうすると、ここから1年間、つまり2019年12月31日まではBさんに無料で提供しなければいけないという理屈になります。
Aさんに対しては、2年目以降、新しく開発した部分の費用を負担してほしい、といっているわけですが、Bさんのために開発したワクチンをAさんにも提供すれば、Aさんから更新料を徴収しなくても済む話です。
これがもし料理だったら2人分の材料費がかかりますが、デジタルダウンロードですから、材料代はかかりません。メーカーのいう更新料の必要性というのは、まやかしだと気づいたのです。
大手と同じことをしていたら勝てない
よし、だったら更新料を取らないモデルを作ろう!と考えました。
ところが上場を目指す当社にとって、永遠に更新料無料というわけにはいきませんでした。
このときヒントになったのが、当時のWindowsのOSの売り方でした。Windows95は、Windows98になるまで、お金を取りません。これだ、と思いました。OSのバージョンが変わるごとに、費用をもらったらいいのではないか、と。
WindowsXPが出たら、OSにXPを使っている間は無料。XPは有効期間が約10年ですが、Windows7が出てきて乗り換えたら、そのときはアップグレード料金をもらう。そういうモデルを考えました。
ただ通常、OSはそこまで頻繁にアップグレードする必要がないので、基本的に10年は使えます。10年使い放題で、3970円。一般的なセキュリティソフトは年間5000円以上はしましたから、10分の1以下という衝撃的な価格設定に多くのお客さまがガーン! ときたわけです。びっくりするくらいの反響がありました。
セキュリティの常識を変えた「ウイルスセキュリティZERO」は、当時のトップシェアを争っていたシマンテックとトレンドマイクロを抜いて一気に1位となり、2007、2008年と年間ランキングでも2年連続で1位になりました。お客さまは、とにかく更新料がイヤだったのだと、改めて感じました。
そして、3970円の価格設定が数学的にも正しかったことを、私は実際に証明しています。
意外に思われるかもしれませんが、セキュリティソフトは意外と乗り換えも多く、更新率は実は高くありません。「乗り換えすれば90日間無料」などのキャンペーンもあったりして、実質の更新率は高い企業でも60~70%くらい、実体は50%くらいだと思います。
50%だとすると、毎年1980円を頂いても、次の年の期待値は990円になるわけです。次は495円、その次は247.5円……これを合算すると、実は3960円になります。
だったら、最初から3970円を頂いたほうがいい。お客さまにとっても、一括払いで面倒がありません。売る側も、値引きせずにキャッシュが一度に入ります。当時、ソースネクストのセキュリティソフトのシェアは13%程度でしたが、「ウイルスセキュリティZERO」で一気にシェアが36%まで跳ね上がりました。
つまり、売上はこの瞬間に約6倍になっているのです。2倍の単価で販売量が3倍に増えたためです。それまでのウイルス対策ソフトで、1年目は無料、2年目からお金を頂く形はありました。数学的にいえば、1年目のxにはゼロを代入することになります。しかし、2年目以降にゼロを代入した会社はありませんでした。最初はゼロを代入せず、あとは全部ゼロを代入すればいい、と考えたわけです。
ところが、世界的にもこんな売り切り型で提供した会社は1社もありませんでした。今でも、1年目は無料にして、2年目からお金を頂こうとする会社は多い。それが世界的な慣習だ、という考え方なのでしょう。
ただ、私たちは世界に出たら弱者です。だから、大手と同じ戦略をとっても勝てるはずがありません。1980円のセキュリティソフトを出しても、シェアは13%しか取れないわけです。だったら、こういう奇策をとるしかない。
奇策で、これもまさに王手飛車取りでした。お客さまには喜ばれ、競合他社は驚いて、すぐにはついてこられず、2年間は競合が負け続けました。でも、彼らも当然、新しい手を繰り出してきました。3年版というパッケージで、3年間は更新の手間がないというのがウリです。
それは、ソースネクストへの対抗策だったろうと思います。それ以来、3年版というパッケージが日本から始まり、世界中で展開されるようになりました。結果として、世界の人々に更新料支払いの手間を省くきっかけを作れたと思っています。そしてこのときの「更新が面倒」「手間がかかるのはごめんだ」といった、お客さまの極めてまっとうな感覚に寄り添う姿勢は、実はのちに発売するAI通訳機「ポケトーク」にも大いに活かされていくことになるのです。