そして12月9日に開かれた論告求刑公判。検察側は死刑求刑も検討したが、パーソナリティー障害が動機に影響したなどとして死刑求刑を回避し、無期懲役が相当と結論付けた。

 結果は冒頭の通り。

 確かに、裁判員には苦悩を強いるかもしれない。しかし、日本の法律には死刑が存在する。小島被告は「死刑にならない」と高をくくっていた。余裕さえあった。

 元死刑囚(執行)に面会したことがある全国紙の元同僚によると、「毎朝、お迎え(死刑を告げる看守)が来るんじゃないかとおびえていた」と話していた。

 自分は見も知らぬ他人の命を奪ったが、自分は死にたくない。自分は子どものころから望んでいた刑務所で一生涯、生活したい…。

 こんな身勝手はあるだろうか。求刑から判決までの10日間、結果は別として、小島被告には「死の恐怖」を味わわせても良かったと思うのは、筆者だけだろうか。

 繰り返しになるが、小島被告はこれから、子どものころから望んでいた生活を一生涯、保障される。

 通り魔殺人犯になめ切られ、望む生活をみすみす与えるような司法を、国民は信用していいのだろうか…。