はじめに&第1話「世の中数字じゃねぇ」

シリーズ累計50万部突破のベストセラー入門書が、人気漫画家“うめ”さんの手によってついにマンガ化されました。ダイヤモンド・プレミアムとダイヤモンド社書籍編集局の公式noteにて、同時連載でスタートします。「はじめに」と第1話は、特別に全ページを無料で公開しますので、ぜひお楽しみください。(原作/西内 啓 マンガ/うめ〈小沢高広・妹尾朝子〉)

はじめに

 エンターテイメントの力を教育に活かそう、という取り組みは世界中で行なわれていますが、この分野において「チョコレート(で包んだ)ブロッコリー」という警句があります。

 すなわち、子どもの嫌いなブロッコリー(お勉強)を、好きなチョコレート(マンガやゲーム)でただコーティングしただけでは、むしろふつうのブロッコリーよりもマズいものにしかならないというわけです。

 拙著『統計学が最強の学問である』もお陰様でシリーズ累計50万部を超え、これまで何度か「マンガ版を出そうか」という話が出たこともあります。また、これまでお付きあいのなかった出版社から「統計学を学べるマンガ」を出しませんか?というご提案をいただいたこともあります。しかし、そのたびに自分の中に浮かんだのは、この「チョコレートブロッコリー」という考え方です。

 私は統計学もマンガも大好きですが、少なくとも自分の人生の中で、マンガでわかりやすく統計学が勉強できたと感じたことはありません。学生時代にそうしたものを友達から見せてもらったときも、正直あまりピンときませんでした。

 と言っても、初代『統計学が最強の学問である』自体、統計学の本としてはかなり変わった本です。実のところ、あの本だけを読んで統計手法が理解できるわけでもありませんし、統計学や機械学習の、論文や専門書が読めるようになるわけでもありません(そうした役割は『実践編』『数学編』といった続編でカバーしましたが)。
しかし、なぜだか初代の本を読んで統計学を面白いと感じ、本格的に勉強しようとしたり、実務に活かすようになった、という方とは日々の仕事の場で頻繁にお会いします。

 このような「統計学の本として変わったところ」を強みとして捉えると、意外とマンガと相性のよさそうなところが見えてきます。つまり、統計学の知識自体よりも「統計学を勉強したい!」「統計学を仕事で使いたい!」というモチベーションを喚起するところにフォーカスを当てるのであれば、それは文章よりもマンガのほうが得意とすることだと考えられるでしょう。

 たとえば『SLAM DUNK』というマンガを読んだだけではバスケットボールの技術は身につきませんが、「バスケやりたい!」「練習したい!」というモチベーションを喚起された人は(私も含めて)たくさんいます。日本のバスケットボールを支えるトッププレイヤーの中にも、まさに学生時代に『SLAM DUNK』を夢中で読み漁った、というエピソードを語る人がしばしばいます。

 このように考えると、マンガ版『統計学が最強の学問である』の目指すべきところが見えてきます。マンガというメディアの力をお借りして、初代『統計学が最強の学問である』以上に、広く多くの人に「統計学を勉強したい!」「統計学を仕事で使いたい!」と感じてもらえることができればどれだけ素晴らしいことでしょう。

 ちょうど今ITの世界では「シティズン・データサイエンス」すなわち、「専門的なデータサイエンティストでない人もデータサイエンスを活用できるような技術」に期待が集まっています。このような時代、「データを活かしてよりよい意思決定をする」という統計学の知恵は、本当に全ての人に、当たり前のように備わっていたほうがよいはずです。

 もちろん、これはとてもチャレンジングな試みです。単に「マンガであればよい」というわけではなく、めちゃくちゃ面白いマンガを作れる方に協力していただかなければいけません。そしてさらに言えば、このチャレンジングな試みをマンガのプロに丸投げすることなく、統計学の専門家として責任を持って面白くなるようなコミュニケーションを心がけなければいけません。よって、可能であれば次のような方にマンガを制作してもらうのが理想です。

(1)1巻~2巻といった少ないページ数で、スピード感もって面白いストーリーを描ける方
(2)読者の性別や年代、何なら国籍すら越えて全ての大人に好まれる絵を描ける方
(3)ストーリーの構造について言語化できて、自分にいろいろと教えてくれる方

(1)は、「データを仕事に活かすこと」の必要最低限な要素を、雑誌などで長期連載する形ではなく短期間で伝えるために必要になります。

 また、読者層として「幅広い層の大人」を想定する以上、(2)も欠かすことはできません。『統計学が最強の学問である』シリーズはすでに韓国語、簡体字(中国)、繁体字(台湾)にも翻訳され、できればさらにグローバルに読まれる物語になってほしいと考えています。

 そして(3)についてですが、自分がマンガのことも、そもそもストーリー作りのことも素人である一方、統計学やデータサイエンスに詳しいマンガ家さんを探すのも困難でしょう。ゆえに、少なくともマンガとは何か、ストーリーとは何か、という点について言語化して教えてくれる「師匠」という側面もお願いできれば最高です。

 そんなわけで一時期私のプライベートな時間の多くは「誰にマンガをお願いできれば最高なのか」のリサーチに費やされました。幸い私はマンガが大好きなので、このリサーチは私にとって最高の娯楽でもありました。「お仕事系」と呼ばれるビジネスマンが登場する作品を中心に、たくさんのマンガを読み漁り、よいと思うものがあればその作者の方のインタビューなどを検索するわけです。

 そうしてたどり着いた結論は、「うめさんたち、すなわち小沢高広さんと妹尾朝子さんにお願いするのが、地球上で最もベストな選択ではないか」というものです。

 実はこうしたリサーチをする前からすでに、ゲーム業界を描いた『東京トイボックス』も、スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックの若い頃を描いた『スティーブズ』も私は読んでいました。どちらも主に扱う技術がコンピューターゲームか、ハードウェアか、という違いこそあれ、データサイエンスの仕事と共通した物語の構造を持っています。

 すなわち、テクノロジーを活用して、周りの人を動かし、困難を乗り越えてイノベーションを起こす、という点では、これらの物語の主人公は、私が常日頃携わるデータサイエンスの仕事と全く同じことをしているわけです。

 たった2巻であれだけ濃厚なドラマを描けた『東京トイボックス』の存在がある以上、(1)については間違いありませんし、絵を見ればみるほど(2)の観点でも完璧にフィットします。改めてこれらの作品を読み直していくと、「自分にとっての理想はこの人たちではないか」という感覚が高まってきます。

 そして最後の(3)についてですが、たまたま小沢さん妹尾さんそれぞれのインタビューなどを探していると、以下の記事が目に止まりました。

うめ先生 「新人賞くらいなら突破できる物語の作り方」まとめ #技コン0524

 ここまでストーリー作りやそのトレーニング方法が言語化されているのであれば、自分の無茶な願望をぶつけても大丈夫なはずです。この時点で「地球上でベスト」が確信に変わりました。

 そこからnote編集部に無理を言ってアポを取り、おうちの近くのカフェまでおしかけ、冗談ではなく三顧の礼で多忙なお二人を口説き落とした成果である本作品を、ついに皆さまと共有できて本当にうれしく感じています。

 お二人の手により、統計学という難しい素材をカリッとスパイシーに仕上げていただけたのではないかと感じております。第1話「世の中数字じゃねぇ」より、ぜひ私と一緒にこの物語を最後までお楽しみいただければ幸いです。

統計家・株式会社データビークル代表取締役最高製品責任者
西内 啓

 

はじめに&第1話「世の中数字じゃねぇ」