その夜、森嶋は終電間際まで役所にいた。
国交省の大部分が計算科学研究機構の地震情報についての電話対応に追われる中、首都移転チームのみが自分たちの仕事に専念出来た。これも村津の計らいなのだろう。
首都移転の現実性をここ数日間の出来事で部屋中の者が感じていた。しかし、テレビで計算科学研究機構の発表が行なわれた後は村津の姿が見えない。
霞が関から新橋まで歩いたが、町には昼間の騒ぎの余韻がまだ濃く残っていた。行き交う人たちも気のせいか普段とは違って急ぎ足だ。
地下鉄の駅を出たところで、高脇から電話があった。
〈テレビ放送は見たか〉
「東京は大騒ぎだ。パニックが起こるぞ。タイミングが悪かった」
〈政府からの要請だ。世界に出回っている書き込みに対応したかったんだろう〉
「それにしても、地震に関してはより切迫したものになった。5年以内、92パーセントというのは事実か」
〈もっと早まるかもしれない。いずれにしても早急な対策が必要だ〉
「いつ帰ってくる」
しばらく沈黙があった。
〈僕にも分からない〉
「なんで黙って神戸に行った」
〈僕にとっては最大のチャンスだったんだ。世界屈指のスーパーコンピュータ、京を使って、自分の理論の精密計算が出来るなんて思ってもみなかった〉
「だったら、黙って行くことはないだろ。家族には言うべきだった」
〈悪いとは思っている。しかし、突然、総理に呼ばれて官邸に行ったり、教授昇格の話があった後だった。自分でも冷静さを失っていた。そんなとき、政府地震対策本部に呼び出されたんだ。この研究も政府が関わっている。最初に守秘義務の契約書にサインさせられた。政府もこの研究は伏せておきたかったんだろう〉
「それがどうして」
〈最初は、発表は見送られる予定だった。ひどい結果が出れば国民に不安を与えるだけだと言うので。それが突然、発表することになった。機構長も驚いていた〉
高脇の低い声が返ってくる。
(つづく)
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