17年前の批判はそのまま、今の湖北省政府と武漢市政府にも当てはまる。1月26日夜、周先旺・武漢市長はすでに500万人以上が武漢を離れ、中国各地や他の国々へ移動してしまったという事実を明らかにした。武漢市が封鎖されるまでの20日間あまりで、最大6万人以上が武漢から北京へ、5万人以上がそれぞれ武漢から広州、成都へ飛んだ。香港とマカオ、台湾もそれぞれ1万人近くの武漢市民を受け入れた。

 海外では、武漢出航便が最も多いのはタイのバンコクで、最大で1万人以上が現地へ向かっており、出航数2位はシンガポール、3位は日本の東京となっている。まさに悪夢再来だ。

後手に回る地方政府に対して
迅速だった中央政府の対応

 もちろん、進歩もあった。中国の中央政府はさすがにSARS危機からいろいろと学んだ。武漢の対応のおかしさに気づいてから、都市間封鎖という非常手段の実施に素早く踏み込んだ。1月24日の時点で、湖北省では武漢、鄂州、仙桃、枝江、潜江、黄岡、赤壁、荆門、咸寧、黄石(大治市、陽新県を含む)、当陽、恩施、孝行、宜昌、荆州の計15都市で公共交通が運休している。

 世界保健機関(WHO)のガリア(Gauden Galea)中国駐在代表は、北京で「科学的に人口1100万人の都市を封鎖しようとするのは、珍しいことだと聞いている。 このような公衆衛生の取り組みは決して例を見ない」と評価している。

 救急と救援活動に励む医療機関と、ウイルス撃退の研究活動に没頭する医学研究機関の行動も印象的だ。危機の前期は無為無策、事態が公開されてからは右往左往という状態に陥った湖北省長、武漢市長に代表される地元政府の役人の執政レベルの低さと比べれば、大きな差があった。

 地元政府の対応の遅さには、いつも庶民がその「痛い対価」を払わされている。インターネットを介して伝わってきた、逃避行を余儀なくされた2組の市民の行動をここに紹介したい。