『HOW FINANCE WORKSハーバード・ビジネス・スクールファイナンス講座』は、ハーバード大学のオンラインのファイナンス講座(Leading with Finance)をベースにテキスト化された教科書です。ファイナンスの教科書といえば、堅苦しいイメージですが、本書は少しイメージが違います。アマゾン、ネットフリックス、スターバックス、アップル、ナイキ…誰でも知っている企業の最新の財務データを使って、経済ニュース、金融ニュースなどをからめながら基礎的なファイナンスの知識を身に着けていきます。そのエッセンスをコンパクトに紹介します。

Photo: Adobe Stock

株主のアップルへの反乱

アクティビスト投資家は経営陣に対し、資本配分の決定が正当である根拠を示すよう、ますますプレッシャーをかけるようになってきた。2012年、アップルが市場に売り出した製品で成功を収めていたとき、株主が反乱を起こした。当時、アップルは1300億ドル以上のキャッシュを貯め込んでいた。アップルの時価総額は5600億ドル、すなわち会社の価値は4300億ドルと見られていた(時価総額-余剰キャッシュ)。デイビッド・アインホーンとカール・アイカーンに率いられて、投資家は反旗を翻すことにした。

アインホーンとアイカーンは、アップルは銀行のように行動しており、キャッシュは金利ゼロで山積みされていると見ていた。彼らはアップルに、キャッシュの一部を還元するよう求めた。アップルはこの要求に対し、2つの理由から抵抗した。第一に、世界経済は安定しておらず、将来の問題回避のために資金を手元に置いておくことが重要だとした。第二に、将来、投資機会が出てきたときにキャッシュを使えるとした。

アップルの説明は、理論上正しい。問題は、キャッシュの金額が、その説明を裏打ちするような金額をはるかに超えていることだった。たとえ、もし事業がうまくいかなくなったとしても、はるかに少ない金額で何年も事業を継続することができる。同じことが投資についても言える。アップルが会社を買収したいと思ったとしても(とはいえ、今まで買収で成長を遂げたことはない)、1300億ドルはヒューレット・パッカードを3回購入しても余りある金額だ。実際、その当時の直近の買収はビーツだったが、わずか30億ドルだった。

アップルが配当や自社株買いを渋るのには、別の大きな理由があった。キャッシュの大半はアイルランドにあり、それをアメリカに還流するとなると、アップルが望まない税金の問題を引き起こすことになるからだ。この問題を回避するために、アインホーンは、iPrefと呼ぶ方法を提案した。アインホーンは、アップルが当時1株450ドルで取引されており、EPSは45ドル、P/Eレシオは10倍であることに注目した。

アインホーンは、EPS45ドルのうち10ドルを、iPref配当という形で株主に支払うことを提案した。もっと具体的に言うと、株主はそれぞれ、普通株1株につきiPrefを5個受け取る。そしてiPrefはそれぞれ毎年、配当の形で2ドル受け取る。アインホーンはEPS45ドルを、普通株式からの利益35ドルと、iPrefからの利益10ドルに分けたことになる。

なぜ、こんな面倒なことをするのか? アインホーンによれば、こうすることで、多額の価値を引き出すことができる。新たな普通株は、同じP/Eレシオ10倍で評価される。もともとの普通株は350ドルの価値があったし、これからもあるだろう。キャッシュはアイルランドにあるので、新たなiPrefは大変安全な債券として評価されるだろうから、4%の利回りで投資家は満足するだろう。4%の利回りを受け入れるということは、5個のiPrefは250ドルに評価されることを示唆する(250ドル×4%=10ドルの配当)。ということは、iPrefは4%の利回りから、マルチプル25倍と評価されるということだ。したがって、それまで450 ドルの価値があるとされていた1株は分割され、組み合わせた価値は600ドル(250ドル+350ドル)になる。

そこで質問!

アインホーンは、どのようにしてこの金融エンジニアリングから1株150ドルを作り出したのか? この計画のどこが悪いのか? 価値中立性の考え方はどうなったのか?

アインホーンは、45ドルの利益を普通株の35ドルとiPrefの10ドルに分割することで、価値が急増すると示唆した。

彼はどのようにそれを達成したのか? カギとなるのは、iPrefのマルチプルを25倍、新たな普通株は10倍と、問題なく想定できると考えるところだ。

iPrefの25倍と、普通株の10倍の2つの仮定のうち、どちらが怪しいだろうか? 25倍の想定は怪しげに見えるかもしれないが、通常の債券の利回りが低いこと、iPrefはいかに安全かを考えれば、妥当なところだろう。怪しげな想定は、普通株のP/Eレシオを10倍と、以前と同じに想定している点だ。それは、以前の普通株が達成していた45ドルの利益は、新たな普通株の利益35ドルと同じに評価されるべきだ、と言っているのに等しい。

だが、この2つの利益の流れは同じか? アップルの資本構成にiPrefが入ることで、新たな普通株式は大幅にリスクが高まる。事実上、アインホーンは、リスクは気にするなと言っているのだ。新しい普通株式が支払いを受ける前に支払いを受ける存在が出てきたにもかかわらず、投資家は以前と変わらずP/Eレシオ10倍の場合と同等の金額を払うとする。それは、追加のリスクを負うのに、追加のリターンは求めないと言っているようなものだ。なんとも疑わしい想定だ。この場合、普通株はリスクを多く負うことになるから、投資家はより高いリターンを求め、低い収益マルチプルで取引されるはずだ。

おまけの質問!

あなたはアップルだと仮定しよう。アインホーンはiPrefを作って会社に反乱を起こした。あなたの株主は、どうにかしろと要求している。アインホーンが言うとおりには動かないとわかっていても、iPrefのアイデアに賛同するか? 株主にアインホーンの計算は疑わしいと指摘するか? 配当を払うか?自社株買いをするか?

アインホーンの論理は少し疑わしいが、アップルは屈して、最大規模の自社株買いを実施し、配当を7倍に増やした。2015年末までに1000億ドルを還元することにコミットした。同時に、アップルはキャッシュを還元することに同意し、200億ドルを借り入れた。多額のキャッシュを抱えているのに、なぜ資金を借りるのか? 1つの理由は、アイルランドからキャッシュを持ち帰るときにかかる税金を回避しようとしたからだ。そのパターンは継続している。2018年、アップルは1150億ドルほどの債務を負い、2900億ドルを主に株の買い戻しで還元し、キャッシュを2800億ドルほど保有していた。株主への還元資金は、主に借り入れで賄っている。

その後、とりわけこの株主還元の発表のせいでアップル株は急騰し、最終的には分割された。アインホーンの論理は間違っていた。そして彼は、たぶんそれを知っていたと思う。だが彼は、アップルが山積みにしていたキャッシュの問題に光を当てることに成功した。そしてアップルの経営陣は、実質的に、「わかった。キャッシュフローを分配して、資本配分の木から出ている還元の枝を伝って降りようじゃないか」と言ったようなものだ。