「支社内の相手だけにとどまらず、本社の知り合いや役員に宛てて社内便を使ってチョコを送る人も結構いたようです」

 かような女性社員の立場をおもんぱかって念のため弁護しておくが、彼女らの全てが打算でできていたわけではない。「仲良くしておきたいなあ。喜んでくれるかなあ」と、純なる乙女の心から出発した義理チョコも少なからずあり、そこに、場合によっては打算が含まれていた、という話である。男性だって気に入られたい上司に媚(こび)を売ることはよくある。

 よほど皆こぞって“特別な義理チョコ”を贈ったのであろう、バレンタインデー周辺の1週間は義理チョコ社内便が横行しすぎて、ついには本社から「義理チョコ社内便禁止」の通達が出た。しばらくその状態で均衡を保っていたが、バレンタインチョコの贈答をきっかけに不倫を始めたカップルが誕生したことなどが露見して問題となり、本社はとうとう激怒して「そもそもバレンタインチョコがあるからこんなことになる。チョコ禁止!」と裁定を下した。

 話にはまだ続きがあるから面白い。バレンタインチョコが全面禁止となり、社には平穏が訪れたかに思えたが、一部のおじさんたちが「チョコをもらえなくなって寂しい」とこぼし始めた。いったんは闇に潜伏していた耳ざとい女性社員がこの言葉を聞き逃すはずはない。

 寂しがっているおじさんに“禁止されたはず”の義理チョコを“秘密裏”に“直接会って”渡すという、空前絶後の特別感を宿された義理チョコが、陰でひそやかに跋扈(ばっこ)するようになる。「裏・義理チョコ」の誕生である。

「バレンタインについて、社内の女性たちの中には『別にあってもよかった』と言う人もいますし、『なくなってよかった』と言っている人もいます。学校みたいに当日持ち物検査があるわけじゃないから(義理チョコを渡す)抜け道はいくらでもあるし、続ける人は続けるんじゃないでしょうか。

 ただ、会社としてはっきりスタンスを打ち出してくれたので、『なくなってよかった』派の人はもうバレンタインに頭を悩まさなくてよくなったし、よかったと思います」

 歴史を紐(ひも)解いてみれば、いつの世でも何かが禁止され、その禁止物を求めた人らが闇で栄える。Bさんの勤める会社のバレンタインの歴史に人類の縮図を見た思いである。

 バレンタインにどう対応するかを見ることで、その会社の社風がうかがえるのは面白い。イベントごととしてカラッと楽しむ会社もあれば、青春時代とは比べるべくもないほど、どろどろした大人の義理チョコが慣例となっている会社もある。

 価値観は時代によって変わっていくので、令和もしばらく過ぎれば各社また新しい対応を見せてくれるのであろう。動向を興味深く見守っていきたい。