浩美さんは、当時をこう振り返る。

「私が妻としての役割を果たせていなかったから、夫が病気になったと自分を責めていました。友人や知人から『あなたが患者さんを支えてあげてね』と言われ、『わたしにできることは何でもしよう、何か1つでも怠ってはいけない』と考えるようになり、周囲から勧められたことは何でも試しました」

 そこで、哲也さんにはサプリメント、ビタミンC大量点滴療法、血液クレンジング、ニンジンジュース、水や塩など、何でも試してもらった。温熱療法のための温熱器も購入した。哲也さんは「標準治療以外は信じない」と言ったが、妻の気持ちを思いやり、黙って浩美さんに付き合っていたという。

 主治医からは「効果がある治療は公的医療保険で治療を受けられるはずです。それでも気が済むなら……」と言われていた。だが、やがて抗がん剤の副作用が強く出るようになり、哲也さんから「やめたい」と強く言われた。結局、哲也さんには15種類以上の補完代替医療を試してもらって、約600万円をつぎこんでいた。

 補完代替医療は安全性や効果に関する科学的根拠がまだ乏しく、国内では公的医療保険が使える治療と認められていない。患者を標準治療から遠ざけてしまうこともあり、医療者などからたびたび警告が出されている。

 このほか、浩美さんはがんに関する情報なら、何でも読みあさった。図書館に並ぶ書籍、新聞や雑誌に掲載されている記事にも広告にも、疑問を持つことはなかった。

 だが、医師免許を持っていても、医学博士号を取得していても、実は必ずしも、科学的根拠が確立した治療や情報発信をしているとは限らない。たとえ、著者が逮捕されていても書籍の出版はできる。日本は言論や出版の自由が保障されているからだ。

 また、新聞や雑誌の記事の中に「広告」と小さい文字が入っている場合は、商品の販売目的の情報が書いてある。このため、読み手に適正な情報が出ているとは限らない。

 浩美さんはこう話す。「これらの情報の渦に巻き込まれ、混乱した生活を送っていました。夫に補完代替医療を押し付けてしまった日々を、いま、とても後悔しています」

 国立がん研究センターがん対策情報センターの若尾文彦センター長は、患者・家族が置かれている背景について、こう説明する。