和田毅という投手の不思議な魅力
――田中周治/スポーツライター

スポーツライターとしての20年近くのキャリアを振り返ったとき、福岡ソフトバンクホークスの和田毅は、間違いなく最も印象的なアスリートの1人だ。
厳密に数えたわけではないが、現時点でのインタビュー回数でいえば、松井秀喜か和田毅が、私のなかでのトップ2に来るだろう。

福岡ソフトバンクホークス和田毅投手・初の単著『だから僕は練習する――天才たちに近づくための挑戦』好評発売中!

いったい、彼の何が私たちを惹きつけるのか――? 彼にとって初となる単著『だから僕は練習する――天才たちに近づく挑戦』をお読みになった方なら、きっとその理由はなんとなくおわかりいただけるのではないかと思う。

彼の「練習論」は単なる野球の技術向上だけには収まりきらない、ある種の普遍性に貫かれている。ふつうに仕事や勉学、生活をしていて突き当たる課題に、「凡人」である私たちがどう向き合えばいいのか? それに対する本質的なヒントを、彼の言葉は与えてくれているのだ

その意味でこの本は、どこまでも「野球」を題材としながらも、「野球以外のこと」を語っていると言っていいかもしれない。

和田を初めて取材したのは、彼が早稲田大学4年生だったときのことだ。ドラフト自由獲得枠で福岡ダイエーホークス(当時)への入団が決まった東京六大学野球ナンバー1左腕に、プロの舞台での抱負を聞くというインタビューだった。
取材当日。東京・四谷にあるスタジオの前で待っていると、雑踏から2人の影が見えた。挨拶を交わそうと一方のたくましい男性に近づくと、そちらはなんと球団の広報担当者で、その横でダッフルコートに身を包んだ華奢な若者が微笑んでいた。それが和田毅だった。

もちろん、彼の顔はメディアを通して見知っていた。だが、率直に言えば、それくらい〝オーラ〟を感じさせない「どこにでもいそうな大学生」だったのだ。

「これが江川卓の最多奪三振記録を塗り替えたピッチャーなのか……」

これまで取材を通して数多くの野球選手に接してきたが、そんな経験はこの一度きりだ。だから、このときの出会いはいまでも鮮明に覚えている。
そして、18年経った現在でも、取材で会う和田は、基本的にこの第一印象と変わらない。きわめて自然体で、アスリート特有の〝圧〟が一切ない。彼自身の言葉を借りるなら、まさしく「ふつうの野球少年」がそのまま成長したような人間である。

彼の考え方はいつも論理的で、話の内容は整然としていてわかりやすい。ライターからすれば、申し分ない取材対象だ。それでいて、どこかとらえどころがないのも彼の魅力の1つだ。

和田の投じるボールは、プロ野球の投手としては決して速い部類ではないが、プロ18年目を迎える現在も彼は、ストレートで三振を奪う本格派スタイルを貫いている。そんな投球スタイルと同様に、相反する2つの要素を内包しながら、全体として不思議なバランスのうえに成り立っているのが、和田毅という男なのである。

そんな彼の魅力が凝縮された本書『だから僕は練習する――天才たちに近づく挑戦』は、ホークスファン、プロ野球ファンはもちろんだが、日々、自分たちを高める「練習」が求められる私たち全員にとっても、示唆に富んだメッセージが満載である。ぜひお手に取ってみていただきたい。

本書の主な構成

はじめに なぜ「ふつうの野球少年」がプロ野球選手になれたのか

第1章 「天才」に近づく練習論
01 「人より優れていないこと」が、僕の優れているところ
02 「才能のなさ」を受け入れる。その瞬間から凡人は成長する
03 「松坂世代」だったからこそ、ずっと謙虚でいられた
04 いい練習は「目的×習慣」でできている
05 「練習はウソをつかない」は、少しだけ間違っている
06 不器用さは、長所にできる
07 不調は必ず来る、だから練習する
08 「飛び抜けたセンス」を持った人の危うさ

第2章 「勝つ」ために考え抜く
09 こだわりを捨てた「自然体」がいちばん強い
10 トラックマンのデータが「練習」を激変させた
11 データは「縦の比較」と「横の比較」を使い分ける
12 「感覚」を磨くために、「数字」を使いたおす
13 目の前のバッター「以外」のことを考える
14 「0点に抑える」は投手の仕事、「試合に勝つ」がチームの仕事

第3章 「心」を磨き、覚悟を固める
15 「中途半端な緊張」がいちばんよくない
16 プロ1年目の日本シリーズ、マウンドで味わった「パニック」
17 熱狂した没頭より、クールで静かな集中
18 ベテランになっても、「心」はまだ磨ける

第4章 バッテリーの練習論
19 「指で交わす会話」が投手と捕手の醍醐味
20 打たれたら、投手の責任が100%
21 「捕手との相性」という考え方はしたくない

第5章 人を育てて、自分を育てる
22 「並の野球少年」だった僕が、野球をやめなかった理由
23 もし僕が「少年野球のコーチ」になったら……?
24 続けた人だけが手にする「特別な」楽しさ
25 後輩には自分から「助言」しない
26 「選手がわかる言葉」に言い換える「通訳」になる
27 不調のときこそ、アドバイスを受け流す勇気
28 小学生のころからずっと憧れてきた今中慎二投手

第6章 それでも僕は、練習をやめない
29 「安定した自分」を維持するために走る
30 「うまくいったこと」をそのまま再現するのは危険
31 練習とは「コントロールできる範囲」に全力を注ぐこと

おわりに いつか「ケガすらも『大切な練習』だった」と思えるように

【特別対談】練習について
対談パートナー/館山昌平(東北楽天ゴールデンイーグルス 二軍投手コーチ)