「同じ松坂世代」「同じ早稲田出身」「同じ福岡拠点」……多数の共通点がある「アスリート×経営者」2名の対談が実現した。一方は、「福岡ソフトバンクホークス」の最年長選手で、「思考派サウスポー」として知られる和田毅投手。もう一方は、世界12カ国に35のソーシャルビジネスを展開し、グループ合計49億円超の売上高(2018年度)を誇る「ボーダレス・ジャパン」代表の田口一成氏だ。

プロ1年目からワクチン基金への寄付を続けている和田投手は、田口氏のビジネスのどんな点に感銘を受けたのだろうか? また、スポーツとビジネスという異分野を貫く、意外な共通点とは? 発売されたばかりの和田投手の著書『だから僕は練習する』の内容を起点に、同世代トップランナー2名によるエキサイティングな対話を、全3回にわたってお届けする(第2回 構成:高関進/撮影:林田杼瑯乃)。

ソーシャルビジネスで年商49億円!「松坂世代」の経営者が語った「資本主義の限界」

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「社長になって燃え尽きる人」と「プロで大成しない選手」に共通すること
https://diamond.jp/articles/-/230296

「平成の怪物・松坂」に対する同級生としての想い

田口一成(以下、田口) 和田さんの『だから僕は練習する』には、「自分は『松坂世代』だったからこそ、謙虚でいることができた」というメッセージもありましたよね。僕自身も1980年生まれの松坂世代で、中学生までは軟式野球をやっていました。

ソーシャルビジネスで年商49億円!「松坂世代」の経営者が語った「資本主義の限界」和田 毅(わだ・つよし)
福岡ソフトバンクホークス 投手(背番号21)
1981年生まれ。愛知県江南市出身。浜田高校(島根県)時代は、エースとして2年生夏、3年生夏と甲子園大会に2回出場。高校卒業後、早稲田大学へ進学。フォーム改造により、最速127〜128km/hだった球速がわずか2ヵ月で140km/hを突破。江川卓氏が保持していた六大学野球通算奪三振記録(443)を塗り替える476奪三振を記録。2002年、福岡ダイエーホークス(当時)へ入団し、新人王を獲得。以降、5年連続で2桁勝利を達成。2004年アテネ五輪、2006年第1回WBC、2008年北京五輪に日本代表として出場。2010年、最多勝利投手・MVP・ベストナイン。2011年、左腕史上最速となる通算200試合目での100勝を達成。2011年、MLBボルチモア・オリオールズへ移籍、2014年にシカゴ・カブスへ移籍。2016年シーズンより再び福岡ソフトバンクホークスに復帰し、1年目から最多勝・最高勝率のタイトルを獲得。2018年シーズン開幕前の春季キャンプで左肩痛に襲われ、1年半にわたる治療・リハビリを経て、2019年シーズン途中から一軍に復帰。いわゆる「松坂世代」の1人。プロ在籍した94人の同級生のうち、2020年2月時点でのNPB現役選手は自身を含めてわずか5名である。著書に『だから僕は練習する――天才たちに近づくための挑戦』(ダイヤモンド社)がある。

和田毅(以下、和田) 「松坂世代」という言葉が使われはじめた当時、僕自身は「自分は松坂世代の選手だ」なんてとても思えなかったですね。早稲田大学に進学したとき、僕はプロ野球選手になれるとも思ってもいませんでしたし。「松坂世代」と呼ばれているのは、プロ入りできるようなすごい選手なんだから、自分には関係ないと思っていましたね。その後、大学野球で活躍できるようになったときに、新聞の片隅に「松坂世代の和田毅が…」という一節を見つけたときはめちゃくちゃうれしかったですね。

田口 ちょっと意外ですね! 高校生だったころの僕は、甲子園で松坂投手がすごく活躍しているのを見て、野球を見なくなりました(笑)。すごく負けず嫌いなんですよ。当時はもう野球をやってもいなかったくせに、「自分と同い年の人間があれだけ活躍しているのに、自分はなんなんだ!」という悔しさを勝手に感じていました。和田さんはそういう「怪物」と同じ土俵で野球をしていたわけですが、彼に対するライバル心みたいなのはなかったんですね?

和田 もう、悔しさとかライバル心は、とっくに通り越していましたね。一歩引いた立場というか、ファン目線に近かったんです。
早稲田大1年生のとき、140キロ後半くらい出している同級生が、先輩たちを抑えているのを僕はベンチから見ていました。将来的にはそんな同級生たちと投げ合わないといけないわけです。これは「悔しい」というよりも「恥ずかしい」という感覚に近かったですね。しかし、そんな同級生たちですら、松坂大輔と比べれば圧倒的な力の差がある。完全に雲の上の存在でしたね。

田口 そんな和田さんが「覚醒」されたのは、どんなタイミングだったのですか?

和田 大学1年のときに出会ったトレーナーの存在が大きいですね。彼と一緒になって投球フォームを改造してみたら、2ヵ月で球速が一気に13キロくらい上がったんです。田口さんが大事にされている「無知の知」ではありませんが、僕は実際、ピッチングフォームとかバイオメカニクスとかについては何も知りませんでした。だからこそ、トレーナーの助言を素直に受け入れて、140キロ出せるようになった。ピッチャーが自分のフォームを変えるというのは、じつはいろいろなリスクもあり、すごく勇気がいることなんです。でも、自分には何もないという自覚があったからこそ、「これで肩や肘を壊したとしても、自分はその程度の選手だったと思って、野球をすっぱり諦めよう」と覚悟できたんですよね。

田口 助言を素直に受け入れてフォームを変えたことが、分岐点になったんですね。

和田 そうなんです。そこで自分の野球人生がパッと切り替わりました。それ以降は「これを持続させるには、どういうトレーニングが必要なのか?」を考えて、練習をしっかりやるようになりました。目的意識を持ったうえで「考えながら」練習するようになったのは、そのあたりからですね。

アスリートとビジネスパーソンの違いは
「現役」の考え方

田口 最初は「自分は『松坂世代』なんてとてもとても……」みたいなメンタルだったのが、「自分もプロで通用するかも……」という方向に変わったのは、どのあたりからなんですか?

和田 大学2年の春と秋で初めて先発で投げるようになって、その冬くらいに「プロに行けるんじゃないか」と思うようになりました。当時の4年生はすごい選手が多かったんですが、ある程度三振を取って、抑えることができたんです。エースは1戦目に投げるケースが多いんですが、僕も1戦目を投げさせていただく機会を何度かいただき、「もっと上を目指していけば、プロとしてやっていけるんじゃないか」と思いはじめたんです。「やるからには絶対負けたくない」という気になったのは、その頃からです。

田口 そんな和田さんの、現在の目標はなんでしょう?

和田 個人的なことでいえば、「いいボールを投げ続けて、1年でも長く野球を続けること」ですね。本人が長く続けたいと思っても、結果が出なければ辞めないといけませんから、やはりいいボールを投げ続けることが大事ですね。もちろん、どうすればケガをせずに自分の最大限のいいボールを投げられるかについては、たぶん答えはなくて、きっと死ぬまでわからないでしょうけど。

田口 その点は、ビジネスの世界との圧倒的な違いですよね。プロ野球選手は「60歳まで現役」というのはほぼ無理で、ある種、はじめから終わりが見えています。一方、企業経営者は社長になれば誰からもクビにされることはありませんし、会社が潰れるかどうかもけっこう自分次第でどうにかなる部分が大きい。

ソーシャルビジネスで年商49億円!「松坂世代」の経営者が語った「資本主義の限界」

ビジネスに内在する問題は、
ビジネスの手法では解決できない

和田 そうですね。だからこそ、アスリートは「こうなったら辞めよう」というラインを自分のなかで決めている選手も多いですね。逆に、田口さんはこれからどんなことをやってみたいと考えているんですか?

ソーシャルビジネスで年商49億円!「松坂世代」の経営者が語った「資本主義の限界」田口一成(たぐち・かずなり)
株式会社ボーダレス・ジャパン代表取締役社長
1980年生まれ。福岡県出身。早稲田大学商卒。大学2年時に、発展途上国で栄養失調に苦しむ子どもの映像を見て「これぞ自分が人生をかける価値がある」と決意。25歳で創業。現在は、世界各国で合わせて約1000人の従業員を抱えながら、「貧困問題」「環境問題」「障害者差別」「耕作放棄地問題」など社会問題を解決する35のソーシャルビジネスを12カ国で展開。設立12年目にしてグループ年商(2018年度)は49億円を超え、日経ビジネス「世界を動かす日本人50」、Forbes JAPAN「日本のインパクト・アントレプレナー35」に選ばれるなど、日本を代表する社会起業家として注目されている。2016年にはTEDxHimiに登壇。「人生の価値は、何を得るかではなく、何を残すかにある」の再生回数は49万回を超える。

田口 まずは、すでにお伝えしたビジネスの仕組みづくりですね。「年間100社」ペースで新しいビジネスを生み出していくような仕組みをつくりたいと思っています。
他方で考えているのが、ビジネスは最大のソリューションであると同時に、社会を悪くしているのもビジネスだということです。だからこそ、その点はビジネスのフィールドの外で動きを起こして、新しい仕組みをつくっていくことでしか解決できないのかなと思っています。

和田 面白そうですね。どういうことですか?

田口 ビジネスというのは、基本的には資本主義という土台のうえで行われるので、資本主義が抱える問題と言ってもいいかもしれない。資本主義は基本的に「効率」を追求します。売上を高めたり、コストをカットしたりして、利益を出していくときには、「どれくらい効率がいいか」が基準にならざるを得ません。
そうなると、何が起きるか? 「効率の悪い人」「効率の悪い地域」が、社会からボロボロと脱落していくんです。たとえば、新たにアパレル工場をつくるために、人を雇うとしましょう。和田さんが経営者だったら、やっぱりある程度若くて健康で週に5日働ける人を雇うでしょう? 障害を抱えている人とか、子育てでフルタイムは働けない人とかは、なるべく雇用したくないはずです。なぜかといえば、コストがかかるからです。効率が悪いからです。

和田 なるほど、たしかにそうかもしれませんが、難しい選択ですね。

田口 でも、それって経営者にも悪気があるわけではないんです。資本主義社会のなかで生き残っていくためには、どうしても効率を追求しないといけない。経営者としてはあたりまえのことをやっているわけです。だとすると、「効率の悪い人・地域」がはじかれてしまうのは、資本主義がそもそも抱えている問題だということです。

和田 でも、ビジネスそのものが抱える問題は、ビジネスでは解決できない?

田口 僕がやっているソーシャルビジネスは、非効率な部分をひっくるめてビジネスとしてリデザインしていく活動なんです。問題はありとあらゆるところにありますから、僕一人でできることは限界がある。だからこそ、ソーシャルビジネスのロールモデルをたくさん生み出し、「自分もやりたいです!」という人に仕組みを提供することで、その解決のスピードを上げていくという手法をとっています。

(第3回につづく)

ソーシャルビジネスで年商49億円!「松坂世代」の経営者が語った「資本主義の限界」