「同じ松坂世代」「同じ早稲田出身」「同じ福岡拠点」……多数の共通点がある「アスリート×経営者」2名の対談が実現した。一方は、「福岡ソフトバンクホークス」の最年長選手で、「思考派サウスポー」として知られる和田毅投手。もう一方は、世界12ヵ国に35のソーシャルビジネスを展開し、グループ合計49億円超の売上高(2018年度)を誇る「ボーダレス・ジャパン」代表の田口一成氏だ。
プロ1年目からワクチン基金への寄付を続けている和田投手は、田口氏のビジネスのどんな点に感銘を受けたのだろうか? また、スポーツとビジネスという異分野を貫く、意外な共通点とは? 発売されたばかりの和田投手の著書『だから僕は練習する』の内容を起点に、同世代トップランナー2名によるエキサイティングな対話を、全3回にわたってお届けする(第1回 構成:高関進/撮影:林田杼瑯乃)。
「年100社を生み出すこと」を目標にするワケ
和田毅(以下、和田) 田口さんが以前にTEDでスピーチをされたときの動画を拝見しました。「人生は一度しかないんだから」という言葉なども含めて、僕には共感することがたくさんあって、今日はお会いできるのをとても楽しみにしていました。まずは、田口さんの会社のことについて、お伺いしてもいいですか?
田口一成(以下、田口) 和田さんとは同学年で、早稲田出身で、同じ福岡在住と伺って驚きました。今日はお声がけいただき、ありがとうございます!
僕はソーシャルビジネスで世界を変える「ボーダレス・ジャパン」という会社の代表をしています。環境問題や貧困問題など、さまざまな社会の課題は寄付などで解決する方法もありますが、僕がやっているソーシャルビジネスは、社会起業家の皆さんとチームを組んで一緒に解決していくスタイルを取っています。いまは、月1社ペースでグループ会社をつくっていますが、最終的にはソーシャルビジネスに取り組む会社を年100社ペースでつくりたいと思っているんですよ。
和田 年100社!? 僕はビジネスについては完全な素人なんですが、どうしてそういうやり方にたどりついたのでしょうか?
田口 社会課題にはいろんな原因があり、それを一つひとつ潰していく事業をつくる必要があります。しかし、社会起業家が一人でやっていてもそれだけでは潰れてしまう。だから、僕らの会社でプランニングのサポートや初期投資などを行い、グループ会社としてやっていこうという答えになりました。
単独でもある程度の利益が出せるようになったら、今度はグループ全体の「共通のお財布」にお金を入れるようにします。その共通のお財布を使って、さらに新しい事業をサポートしていく。次に誰かが起業するときには、先輩たちのお金を使いながら、僕らのような専門家が無償で起業支援を行います。そして、また新しい企業が黒字化したら、今度は自分がお金を出す側に回る――そういう仕組みを僕たちは「恩返し」ではなく「恩送り」と呼んでいます。
和田 すばらしい仕組みですよね。それをお聞きして思いましたが、田口さんって、きっと「負けず嫌い」ですよね(笑)。目の前の課題を解決するために、「やれることを徹底的にやる」という姿勢には、自分と似たものを感じます。
田口 そうですね、負けず嫌いなのは自分でも自覚しています(笑)。
「才能しかない人」は努力の仕方がわからない
和田 プロ野球選手を見ていると、「なんでもっと一生懸命やらないんだろう?」「ここは真面目にやるところだろう。このチャンスを逃したらどうするの?」と思うときがたくさんあるんです。
田口 えっ、プロでもですか?
和田 プロでもです。もちろん真面目な選手もいますが、球団に入ったことで安心してしまう選手ってけっこういるんです。「入ってからが勝負」だというのは言われてみれば当たり前なことなんですが、どうしても「プロに入ること」そのものが目標になってしまう人もいる。そういう人たちって、才能はあるのに、とてももったいない練習のやり方をしているんですよ。田口さんの動画を若い選手たちにも見せたいと思いました。
田口 ありがとうございます。和田さんは今回のご著書『だから僕は練習する』のなかで、「自分は才能がなかったからこそ、ここまで来れた」というようなことをおっしゃっていますよね。
和田 ええ、プロの世界には「腕を思いっきり振って投げたら140、150キロが出せました!」「握り方を工夫してエイ!と投げたら、変化球が投げられました」というすごい人たちがゴロゴロといるんですよ。でも、僕はまったくそういう投手ではなくて、一生懸命工夫してやっと140キロ出せるようになった。だから、プロに入ったくらいでは安心できませんでしたし、つねに工夫して練習することを心がけていましたね。でも、そういう意識を持てたのは、自分が「天才タイプ」ではなかったからだと思っています。
田口 才能だけでプロまで来てしまった人は、努力の仕方がわからなくて困ってしまうということですね。
和田 僕はオフシーズンのキャンプでも、「今年も140キロ出るかな?」っていつも不安なんですよ。でも、だからこそ、「どうやればもっと上に行けるか?」を考えながら練習できる。トップレベルの選手たちは、多かれ少なかれ、そうした意識で練習に向き合っていると思いますね。
燃え尽きないための「好奇心」と「恐怖心」
田口 和田さんの話を聞いて思ったんですが、ビジネスの世界でも「社長になること」を目標に起業する人がたまにいるんですよ。会社のトップに立つことを目標にして頑張る人です。起業してすぐはだいたいどんな会社も赤字ですから、最初はみんなものすごく頑張ります。でも、「社長になること」が目標の人って、会社が黒字化したり、株式公開で上場した途端に燃え尽きてしまうんです。でも、和田さんは大学時代に、140キロ出てからも燃え尽きなかったんですよね? それはなぜだと思いますか?
和田 そうですね、そもそも僕は自分に満足したことがないんですよ。いま現在100パーセントのいいボールを投げられたとしても、「何かもうちょっと工夫できるんじゃないか」という思いがある。なぜ自分に満足しないのかはよくわからないですが……たぶん目標設定の問題なんでしょうかね。
田口 ええ、ゴールとビジョンの違いと言ってもいいかもしれませんね。僕の場合も、解決したい社会課題がたくさんありますから、やることはいっぱいある。だから1社が成功しても全然満足できないんです。
他方で僕は、「会社を上場させて大成功したものの、なぜか燃え尽きてしまった」という経営者たちからよく相談をもらいます。ビジョンを設定しないまま、ゴールに向かってがんばってきた人って、ゴールした途端に燃え尽きてしまうんです。
和田 それ以外にあるとすれば、「恐怖心」と「好奇心」ですね。僕は「腕を振ったら140キロ」タイプではなく「練習したから140キロ」タイプですから、ちょっとサボるとすぐおかしくなってしまう。だから練習しないでいるほうが、自分にとっては怖いんです。
しかも、こういう年齢になってくると、体も硬くなったり疲れやすくなったりしてきます。年齢を重ねれば重ねるほど、満足しなくなってくるんです。ですから、そのままだと5〜6回しか投げられない体を、8〜9回まで投げられるようにするにはどうすればいいかなど、考えだしたらキリがないんですね。
でも、そんな自分だからこそ、「もうちょっと違うことをやれば、もっといい球を投げられるんじゃないか」という可能性も信じられる。
田口 和田さんは「練習しないとダメになる」といった、一種の強迫観念や恐怖心もあるものの、向上心や好奇心のほうがまさっている印象ですね。
和田 たしかに好奇心は強いほうだと思いますね。たぶん考えることが好きなんです。ベッドの枕元にボールを置いているんですが、気づくとつい「新しい握り方はないかな……」なんて考えてるんです。それで鏡の前でシャドーピッチングを始めたり……。それは昔から変わりませんね。
田口 僕の場合はシャドーピッチングではなく、「こういうサービスを開発すれば、こういう問題が解決できるのでは?」という仮説を検証するための「社会実験」をやっているという意識ですね。ソーシャルビジネスというと、どうしても使命感とかがクローズアップされがちですが、僕のなかでは「どうなるんだろう?」という好奇心のほうが勝っている。
「無知の知」で素直になれる
田口 ビジネスをやる人を見ていてもそうなんですが、自分の知らないものに興味を抱く「好奇心」って、何かにチャレンジする人の共通点だと思うんです。僕自身はいつも「無知の知」を大切にしています。何かをやるとき、「自分は何も知らない」ということを自覚しておくんです。
和田 「自分は何も知らない」という自覚……それって本当に大事ですよね。
田口 僕の会社ではいまのところ、年間10社、毎月1社ペースで仕組みづくりを行っていますが、そのときにも「自分は知らない」という意識を持っていると、けっこう素直になれるんです。いつも新鮮な視点を持てるので、「じゃあ、こういうやり方をすればいいのでは?」などといいアイデアが出てくるんです。
和田 それはすごく共感できますね。僕はホークスのなかでは最年長ですが、いまでも後輩ピッチャーに「その球、どうやって握って投げてるの?」と聞くことができます。若くていいピッチャーがいれば、握り方とかフォーム、投げるときのイメージをすぐに聞きに行きます。実際に試してみて、自分に合わなければやりませんし、自分に合えば取り入れてみる。これはつねに意識していますね。
長年プロでやってベテランになってくると、どうしてもプライドが邪魔をして、若手に質問しづらくなるものです。もちろん僕も、自分が積み上げてきた実績には誇りを持っていますが、へんなプライドがないので気にせず質問ができるんだと思いますね。
(第2回につづく)