「同じ松坂世代」「同じ早稲田出身」「同じ福岡拠点」……多数の共通点がある「アスリート×経営者」2名の対談が実現した。一方は、「福岡ソフトバンクホークス」の最年長選手で、「思考派サウスポー」として知られる和田毅投手。もう一方は、世界12カ国に35のソーシャルビジネスを展開し、グループ合計49億円超の売上高(2018年度)を誇る「ボーダレス・ジャパン」代表の田口一成氏だ。

プロ1年目からワクチン基金への寄付を続けている和田投手は、田口氏のビジネスのどんな点に感銘を受けたのだろうか? また、スポーツとビジネスという異分野を貫く、意外な共通点とは? 発売されたばかりの和田投手の著書『だから僕は練習する』の内容を起点に、同世代トップランナー2名によるエキサイティングな対話を、全3回にわたってお届けする(最終回 構成:高関進/撮影:林田杼瑯乃)。

▼第1回はこちら▼
「社長になって燃え尽きる人」と「プロで大成しない選手」に共通すること
https://diamond.jp/articles/-/230296

▼第2回はこちら▼
ソーシャルビジネスで売上49億円!「松坂世代」の経営者が語る「資本主義の限界」
https://diamond.jp/articles/-/230297

「教えるという行為」が孕むリスク

田口一成(たぐち・かずなり)
株式会社ボーダレス・ジャパン代表取締役社長
1980年生まれ。福岡県出身。早稲田大学商卒。大学2年時に、発展途上国で栄養失調に苦しむ子どもの映像を見て「これぞ自分が人生をかける価値がある」と決意。25歳で創業。 現在は、世界各国で合わせて約1000人の従業員を抱えながら、「貧困問題」「環境問題」「障害者差別」「耕作放棄地問題」など社会問題を解決する35のソーシャルビジネスを12カ国で展開。設立12年目にしてグループ年商(2018年度)は49億円を超え、日経ビジネス「世界を動かす日本人50」、Forbes JAPAN「日本のインパクト・アントレプレナー35」に選ばれるなど、日本を代表する社会起業家として注目されている。 2016年にはTEDxHimiに登壇。「人生の価値は、何を得るかではなく、何を残すかにある」の再生回数は49万回を超える。

和田毅(以下、和田) 僕は以前から「後輩には直接自分からはいきなりアドバイスしない」と決めています。僕たちは上司・部下の関係ではなく、あくまでもプロ同士ですから、下手なことは言えません。また、指導者という意味では、監督やコーチというプロフェッショナルがいる。
でも一方で、「先輩として何かしてあげられないかな」って思うシーンはあるんですよ。そんなときに、田口さんの「新しい社長をたくさんつくる」という仕組みには、何かヒントになる点がありそうだなと直感したんです。田口さんは起業家を育成・サポートするときには、どういう接し方を心がけていますか?

田口一成(以下、田口) 和田さんの『だから僕は練習する』にもありましたが、「どこまで教えていいのか」という課題はつねにありますね。僕も以前は、グループの起業家たちに全部教えようとしてしまっていました。僕はわりと理路整然とロジカルに説明するタイプですし、これまでの経験の裏打ちもあるので、相談されたときについ「答え」を言ってしまっていたんです。
でも、そうするとどうなるかというと、僕が「先生」で起業家のみなさんが「生徒」みたいな関係性になってしまうんですよね。お互いにそんなつもりはなかったのに、いつのまにか僕が「指示」を出し、彼らがそれを「実行」するという形が出来上がってしまう。自分が描いていた理想とはほど遠い状態になっていたので、あるときから僕も教えるのをいっさいやめました。

和田 だとすると、田口さんはどんな手助けをするんでしょうか?

田口 こちらのやり方を押し付けない代わりに、僕が大事にしているのが、彼らに「成功体験を持ってもらうこと」です。人や組織が成長するときに必要なのは、どんなに小さくてもいいから成功体験を積み重ねることだと思っています。だからこそ、新しく生まれた会社に対しては、すごく重要な肝の部分だけは僕も介入して、一緒にプラニンングをしたり、プロモーションを手伝います。この最初のひと押しが終わったら、それ以外はまずこちらからは出ていきませんね。

教わった人が教える人になる好循環

和田 毅(わだ・つよし)
福岡ソフトバンクホークス 投手(背番号21)
1981年生まれ。愛知県江南市出身。浜田高校(島根県)時代は、エースとして2年生夏、3年生夏と甲子園大会に2回出場。高校卒業後、早稲田大学へ進学。フォーム改造により、最速127〜128km/hだった球速がわずか2カ月で140km/hを突破。江川卓氏が保持していた六大学野球通算奪三振記録(443)を塗り替える476奪三振を記録。2002年、福岡ダイエーホークス(当時)へ入団し、新人王を獲得。以降、5年連続で2桁勝利を達成。2004年アテネ五輪、2006年第1回WBC、2008年北京五輪に日本代表として出場。2010年、最多勝利投手・MVP・ベストナイン。2011年、左腕史上最速となる通算200試合目での100勝を達成。2011年、MLBボルチモア・オリオールズへ移籍、2014年にシカゴ・カブスへ移籍。2016年シーズンより再び福岡ソフトバンクホークスに復帰し、1年目から最多勝・最高勝率のタイトルを獲得。2018年シーズン開幕前の春季キャンプで左肩痛に襲われ、1年半にわたる治療・リハビリを経て、2019年シーズン途中から一軍に復帰。いわゆる「松坂世代」の1人。プロ在籍した94人の同級生のうち、2020年2月時点でのNPB現役選手は自身を含めてわずか5名である。著書に『だから僕は練習する――天才たちに近づくための挑戦』(ダイヤモンド社)がある。

和田 「自ら教えること」をやめて、いまではどんなふうに切り替えたのですか?

田口 いわば「寺子屋システム」ですね。昔の寺子屋って、生徒同士が教え合う文化があったそうです。それと同じように、グループ内の4社で1チームをつくり、4社で月に1回、社長同士が経営会議をするという仕組みをつくりました。

和田 田口さんがいないところで、社長同士が教え合うかたちをつくったと?

田口 そうです。その結果、僕のところに経営相談が来ることはなくなりました。おそらく僕と直接話したほうが早いし、ひょっとしたら全然違うアイデアを出したりもできるかもしれないんですが、僕自身がそれをやっている限り、個々の会社としても、グループ全体としても成長できない。だからこそ、多少時間がかかっても、寺子屋みたいに自分たちで答えを見つけるようにしています。

和田 僕にも同じ経験がありますね。僕は毎年、手をあげてくれた若手選手たちと一緒に、新春の自主トレをやっています。2年目と4年目の選手がいたのですが、あるとき、その先輩株のほうが2年目の選手にピッチングフォームの助言をはじめました。トレーニングのなかで僕が言っていたことを彼なりに消化して、それを後輩に伝えていたんです。4年目の選手なので、正直言うと「うーん、ここの表現は付け足してあげたほうがいいかな……」と思うところもないわけではないんですが、こうやって教え合う文化はすごく貴重だなと。だからこそ「ここに僕が入っていってはダメだな」と思って、あえて介入はしないようにしました。

田口 僕は「ボーダレス・ジャパンがやっているビジネスの仕組み」というようなテーマで講演依頼をよくいただくんですが、あまり自分では受けないようにしています。それでどうするかといえば、この講演依頼をグループ内のほかの社長たちに任せてしまう。
これは別に僕がサボりたいからそうしているわけではありません。社長たちも講演するとなると、ボーダレス・ジャパングループの仕組みについて、いま一度しっかりと知識を整理しないといけません。さらに、自分が外へ出てボーダレス・ジャパンについて話すことで、この仕組みの良さを再認識することができる。だから僕が自ら講演するよりも、ほかの社長たちに話してもらったほうが、全体としてインパクトが大きいんです。
ですから、和田さんのお話にあった4年目選手自身も、いつも和田さんが言っていることを誰かに教えることを通して、「和田理論」がさらに腑に落ちているんだと思いますね。

和田 そうかもしれませんね。もっと言うと、4年目の話を聞くことによって、僕自身もいろいろと気づかされることがあったんです。僕も「寺子屋」の学びの輪のなかに入っていたというか。僕がいてもいなくても、チームや仲間のあいだでそうした輪がどんどん広がっていくのが理想ですね。

日本は世界有数の「子どもが絶望している国」

田口 最後に、今日、和田さんにお会いできるということで、どうしてもお話ししてみたかったのが、「子どものスポーツ」に関する社会問題です。僕の子どもはサッカーをやっているんですが、地域にはシングルマザーの家庭で生活に余裕がなく、合宿に行く費用などが捻出できないのでクラブに入れないという子もいたりするんですよ。お金が理由でスポーツ活動できない子どもって、日本にもまだまだたくさんいる。

和田 僕もその課題に関してはすごく心を痛めています。野球って、すごくお金がかかるんです。ほかのスポーツよりも2、3倍かかるという話もあります。バットやグラブだけでなく、ユニフォームなんかも買わなければいけませんし、アンダーウェアにしても長袖と半袖を買い揃えたり……。別に野球だけを無理に勧めるつもりはないですが、金銭面がネックとなってしまう子がいるのは本当に残念ですね。

田口 貧困や将来に希望を持てない人の統計が出ていて、日本は最下位に近いくらい「子どもが絶望している国」です。子どもが夢を持てないことの原因はいろいろありますが、小さいころに経済的な理由で選択肢が制限されるということは、スポーツで顕著です。子どもたちが最初に出くわすつまずきと言ってもいいでしょう。この最初のつまずきをどうにかできないかをずっと考えています。

和田 そうですよね。僕らはスポーツメーカーと契約すると、道具を無償で提供してもらえます。多額の年俸をもらっている野球選手が無償で道具を入手できる一方、経済的な理由で野球をやりたくてもやれない子がいる……。これって考えだすと、すごく難しい問題なんです。

田口 もちろん、すべての子どもがプロになるわけではないですから、ある程度の水準が確保されていればいいと思うんですが……何よりもの問題は、子どもの時点で早くも「自分の家は貧しいから、スポーツをやらせてもらえない」というような劣等感を植えつけられてしまうことではないかと思っています。和田さん、こういう状況ってどうにかならないでしょうか? 人間の可能性が小さな子どもの時点で閉ざされてしまうのは、本当によくないなと思っています。子どもは日本の未来をつくっていくわけですから、これよりも重大な課題はないと言っていいくらいの大きな課題です。

スポーツの世界にも
「選んでもらう」意識が不可欠

和田 昔は子どもがたくさんいて、男の子は野球かサッカーをやるというパターンが大多数でしたよね。でもいまは、子どもの数も減っていますし、スポーツ以外の選択肢も多いですから、子どもたちに選んでもらう時代になっています。だからこそ、プロスポーツの世界が「選んでもらうための活動」を率先してやっていかないと、スポーツの世界もどんどん先細っていきかねないと思います。

田口 以前から僕はこの問題をどうにかしたくて、ロールモデルになるような少年クラブチームをつくれないかなと思っています。たとえば、しっかりとした実績・理論と育成スキルを持った元プロ選手をコーチに迎えつつ、スポーツメーカーにはスポンサーとして入ってもらう。お金に余裕がある家からはもちろん会費を取りますが、経済的に苦しい子は会費を無料にする。そんな新しいクラブチームの仕組みです。経済的に苦しい子どもたちも、安心してスポーツに打ち込める環境や仕組みをつくれれば、確実に全国に広がっていくだろうなと思っています。

和田 それはすばらしいですね!

田口 プロのスポーツ選手たちが、子どものスポーツの現場に入っていくべきタイミングが来ているように思いますね。子どもにしてみれば、小さい家に住んでいることよりも、自分が野球ができないということのほうが、つらさとしては大きいんです。そうした貧困の本質を知ったうえで、プロ選手たちがしかるべき行動をとっていけば、「日本のスポーツ選手はすごい!」というムードもさらに高まっていくでしょう。だからこそ、ぜひ和田さんのような人にもお力をお借りしていきたいなと思っています。

和田 僕にできることがあれば、もちろん応援させていただきます。今日はいろいろとお話しをお聞きできて、ものすごく勉強になりました。本当にありがとうございました!

田口 こちらこそありがとうございました。同世代で同じ早稲田出身、しかもお互い福岡在住ですから、また別の機会にもご一緒しましょう!

(対談おわり)