「落ち着け。動くな。じっとしてれば大丈夫だ。すぐに収まる」

 男の声に反して、人の群れは一つの方向に押されていく。

 さらに大きな衝撃が突き上げた。

 総理官邸前は、悲鳴を上げながら逃げ惑う人と様々な方向を向いて停まった車で騒然としている。

 そのとき、路上で火の手が上がった。衝突した車の1台が燃えている。漏れだしたガソリンに引火したのだ。

 人々は思い思いの方向に走り始めた。

 デモ隊の一角が崩れた。前方の女性が倒れ、その上に人が折り重なるように倒れていく。

「動かないほうがいい。ここは倒れてくるモノはない」

「ダメよ。押されてるの。手を離さないで」

 森嶋は優美子の腕を握っている手に力を込めた。

「押すな。人が倒れてるんだ。子供もいる」

 目の前の若者が声を上げている。

 森嶋は懸命に押し留まろうとしたが人の塊が押し寄せてくる。

 機動隊の隊員たちも倒れている人たちを引き出そうとしているが、その上にも押された人たちが圧し掛かってくる。見る間に人が折り重なり山が出来ていった。

「子供がいるんだ。押すのをやめろ」

 子供の泣き声と女性の悲鳴で辺りは騒然としている。