元JOC参与の春日良一さんによれば、「年内なら、オリンピック憲章にない『延期』ではなく、『日程変更』という解釈になる」という。つまり、規則上の障害は小さい。

 もし1年後に延期になると、選手によってはピークを過ぎ、肉体的に競技続行が難しくなるケースも少なくないだろう。しかし、3カ月の延期ならその影響は1年よりは小さい。7月開幕の場合と、選手団の顔ぶれはほぼ同じメンバーで実施できるだろう。これが選手たちに対する最大限の敬意と誠意になると私は考える。

 2年後となれば、選手の多くは入れ替わる。完全に別のオリンピックになって、今年の出場を決めていた多くの選手には取り返せない打撃になる。

 施設などの調整においても、1年後、2年後、間が開けば開くほど犠牲や出費がかさむ。通常なら、秋への変更は時間がなくて厳しいが、いまはコロナウイルスの影響で、秋のスポーツスケジュールやホテルなどの宿泊予約も白紙に近い状況になっている。いまならリセットも、比較的しやすいのではないだろうか。

 例えば10月末、プロ野球は通常ならポスト・シーズン。クライマックス・シリーズから日本シリーズへと向かう時期だが、今年は開幕が延期され、全面的な日程の見直しを迫られている。だから、その時期でのオリンピックとの共存共栄も模索できるはずだ。

 10月、11月となれば、アメリカ、ヨーロッパの人気プロスポーツのシーズンと重なる。IOCの収入の約半分を占めるアメリカNBCの放映権料との調整は必要だが、IOCとNBCは2014年から2032年までの10大会に及ぶ長期契約。その間の1大会がイレギュラーな形になったとしても、互いに歩み寄りを図るのではないだろうか。

 もし世界的な新型コロナウイルスの感染状況が7月にピークを越え、制圧と呼べるような状況が訪れたら、10月に安倍首相が言った通り、「人類が新型コロナウイルスに勝った証として」オリンピックという祝祭を開く。そして、それを国内外が歓迎し、一体感を醸成できる可能性はある。

 来年の夏では間が空くし、さまざまな調整に苦しむだろう。

 もし10月から11月に開催すれば、奇しくも、真夏の猛暑を回避できる。本当の意味で、「その時期の東京は温暖で、スポーツをする、見る環境が整っている」ことにもなる。

 では、マラソンは札幌と東京のどちらで行うのか。そんな新たな心配事も浮上はするが、中止や強行よりは、選手からも、犠牲と協力を求められるあらゆる人たちからも、よほど多くの支持を得られるように思う。

(作家・スポーツライター 小林信也)