さらに休校は、親にも「メシが食えない」という事情をもたらしかねない。12~13歳までの子どもは、米国では「大人抜きで過ごせる年齢」とは考えられていない。年齢や状況の判断には、州や市によって若干のズレがあるものの、そういう年齢の子どもを「子どもだけ」にしておくことは、ネグレクトという名の虐待だ。もちろん、子どもだけでの登下校も許されず、必ず保護者の付き添いが求められる。このことは、親の就労が制約されることを意味する。

 感染の拡大防止か、子どもか、親か。思いつきで優先順位をつけるわけにはいかない。

「堂々めぐり」の
打開策はどこに?

 ともあれニューヨーク市には、13歳未満の子どもを「子どもだけ」で放置しておくことは許されないという大原則がある。公共の役割は、放置されている子どもを保護し、親に事情を聞き、場合によっては罪に問うことだ。

 学校の役割は、子どもに教育を提供することである。しかしながら休校は、子どもから教育を受ける権利を遠ざける可能性がある。とはいえ、休校を避けると感染の拡大リスクが増大し、子どもたちから健康や家族を奪いかねない。堂々めぐりだ。

 子どもの人権を守るためにも、親の人生と職業を守るためにも、法や制度に照らしても、米国では「いきなりの休校」はあり得ない。とにかく、遠からず休校となる可能性が高い。それなのに、休校開始の時期は誰にもわからない。先行きの不確実さを受け入れるしかない状況のもと、誰にとってもストレスフルであり、しかしながら少しずつ、心の準備を含む準備が整っていくようでもある数週間が流れた。

 すでに2月下旬、米国西海岸の一部地域で非常事態宣言が発されていた。ニューヨーク市での非常事態宣言は約10日後だったが、日ごとにニューヨーク市やニューヨーク州の感染者数は増加し続けていた。