こうしたイノベーションが起こると、会計士に求められるスキルも違ったものになりそうですね。

 会計士としての知見と経験、さらに変化に対する適応力があれば、データ分析結果からミスや不正をあぶり出すことができるはずですが、従来のスキルのままでは変化に対応できないでしょう。かつて監査調書が紙ベースから電子調書に移行した時、時代の流れについていけず、苦労された方もいました。しかし、会計士の役割そのものが変わろうとしているいま、学び直しは不可欠です。自分ならではの専門性を高める努力が求められます。

 公認会計士の資格試験のあり方も、見直しを求められるかもしれません。人材育成のあり方も抜本的に変える必要があります。あずさ監査法人では新たなスキームで活躍したい意欲的な人材を選抜し、研修や海外赴任の機会を積極的に提供することを考えています。

 あずさ監査法人では、テクノロジーの導入と同時に、働き方改革も進めていますね。

 約7000人の従業員を対象に本格的な「働き方改革」を2017年8月にスタートさせました。休日、深夜・早朝のネットワークアクセスを制限し、業務量を削減するよう全社員に伝え、ボトムアップで改革を進めています。目標は3分の1削減。1割減らしなさいと言えば「何を減らそうか」と考えるでしょうが、「3分の1」となれば「やり方を変えなければ」と気づくはずです。

惰性を断ち切ることで
「価値ある監査」が生まれる

 もう一つは「新規監査業務の受嘱を当面ストップする」というものです。受嘱を減らさないと業務は減らせませんから。かなり思い切った決断ですね。従来通りの監査を続けて制度疲労を起こす前に、みずから立ち止まる勇気が必要なのでは、と考えました。

 こうした取り組みは組織開発の面でも効果をもたらすと思います。ベルリンフィルで、日本人のコンサートマスターがドボルザークの「新世界」のある楽章で、バイオリンの弓の動かし方を10カ所ほど変えたそうです。それが団員たちに緊張感を与え、結果として感動的な演奏につながったといいます。

 惰性に流されがちな日常に変化が起こり、全員の意識が変わって、一つの方向に向けられた時、素晴らしい仕事が生まれる。AIが引き起こす変革をネガティブにとらえる風潮もありますが、前向きに受け止めたいですね。

 これから本格化する「次世代監査」の大波に備え、どんな取り組みをしていますか。

「次世代監査技術研究室」を設置したのが2014年7月で、データ分析を利用した監査技術の導入を進めてきました。現在、監査を受託している全社(約3500社)を対象に、ビッグデータの分析手法を監査に取り入れることが可能になりました。公認会計士、IT専門家、データサイエンティストが三位一体で、データ分析に取り組んでいます。

 今後、人材の教育はどう変わりますか。

 AIを活用したQ&Aシステムの開発を進めています。不正事例をデータベース化し、参考事例の情報を共有するものです。さらに、社内の知見を蓄積、共有、継承する「監査ナレッジQ&A対話ロボット」も確立します。創造的破壊はすでに始まっており、後戻りはできません。テクノロジーによる監査業務の変化を受け入れ、業界全体、そして我々一人ひとりが変わるべき時が来ました。


  1. ●企画・制作|ダイヤモンド クォータリー編集部