AIバブルの行く末を危惧する声は多いが、目的と手段を取り違えない限り、「使えるAI」は実現する。なかでもルールに基づき、秩序立ってロジカルに判断し処理する領域も多い会計監査は、AIやロボットとの相性がよい。
では、AI監査の目的とは何か。あずさ監査法人では、「社会・経営に資するインサイトを導き出す」ことだととらえている。企業活動のすべてをカバーする会計監査だけに、その効果はガバナンス向上に留まらず、課題をいち早く解決して、強みに転換することにもつながる。
それゆえ経営者には、AI監査に期待すると同時に、コミットして監査を活用していくという意識を持ってほしい。
プロフェッショナリズムの
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編集部(以下青文字):「会社の存続に関わるような不正を見逃すならば、何のための監査か」というのが、監査法人に対する率直な世論です。社会の期待にどのように応えていきますか。
髙波(以下略):最初に申し上げたいのは、我々も役割論に終始するつもりはないということです。たしかに長い間、財務諸表の適正性に関して意見を表明することが会計監査人の仕事であり、不正発見は副次的な役割にすぎないとされてきました。しかし、重大な不正が相次いで発覚したことで、監査法人に対する社会の信頼は大きく揺らぎ、存在意義が問われている。この事実から目を背けることは許されません。
その意味で、我々はスペシャリストであることに満足せず、プロフェッショナルでなければならないと考えています。両者の最大の違いは、「現実に対峙する姿勢」でしょう。スペシャリストはルールに精通しており、それに則って物事を正しく処理することができます。
ただし、ルールは現実に後れを取るものです。まず初めに新しい技術の誕生や普及、社会環境の変化があって、それに対応する法律や規制がつくられる。この構図はいつの時代も変わりません。事業規模の拡大や不正手口の高度化により、従来のルールや手続きでは追い付かなくなっている理由の一つも、ここにあります。
しかし、我々はスペシャリストであると同時に、重要な仕事を社会から付託されたプロフェッショナルでもあります。そうである以上、必要であればルールで定められた職業上の義務を超えて、みずからの洞察と判断を持って現実に向き合わなければなりません。
監査法人に厳しい目が向けられていることは、十分に承知しています。我々は、役割論を超えて、社会の期待に応えていく覚悟があります。
デジタルテクノロジーには、知識や情報のコモディティ化を加速する側面があります。プロフェッショナルの集団である監査法人は、コモディティ化がさらに加速するAI時代にどのような価値をクライアントに提供していくことができますか。
一つは「ガバナンスの高度化」です。たとえばAI監査を導入すれば、これまでは難しかった小さな不正も発見できる可能性が高まります。
これまでの監査では、限られた監査リソースを有効活用するために、リスクが特に高い領域や、いったんリスクが顕在化すると重大な影響を及ぼす主要事業を、重点的にチェックするという手法を取ってきました。しかし実際には、本社から遠く離れた海外子会社やノンコア事業が、不正の舞台となるケースが少なくありません。
特に頭が痛いのが、海外子会社のガバナンスの問題です。クロスボーダーM&Aなどで急速に経営のグローバル化が進んだ結果、本社の統制が利かず、大小さまざまな不正が頻発しています。
たとえ一つひとつの損害額はそれほど大きくなくても、投資家は内部統制に不備があること自体を問題視するので、影響はけっして小さくありません。海外子会社を舞台にした不正会計事件が報道されるたびに、「うちは大丈夫か」と不安を覚える経営者も少なくないのではないでしょうか。
AI監査は、こうした不安を解消する可能性があります。AIを用いて全グループ会社のすべての取引データをリアルタイムで把握して分析ツールにかけることで、異常な兆候がないかどうかをいち早く発見できるようになります。
これはまさに人間ドックと同じで、重大な病気が進行する前に問題を発見して手を打てば、命に関わる事態を回避できるし、何より会社全体をより深く理解することができるので、大きな安心感が得られる。投資家も、それはきっと同じでしょう。