AI監査の目的は
不正発見だけではない
投資家はもとより、企業ももっとAIを活用したデジタル監査に期待していいということですね。そのほかには、どのような可能性が考えられますか。
データが蓄積されて将来予測の精度が向上すれば、経営者の見積もりが正しいかどうか、その合理性をより客観的に判断できるようになります。
その結果、「将来収益の信頼性に対する一定のアシュアランス(保証)」も可能になるかもしれません。会計上、将来的に発生が見込まれる「損失」についてはその額を引当計上しなければなりませんが、将来的な「収益」を先行計上することはできません。そのため、債務超過に陥った企業が、債務超過解消という理由で収益性の高い事業を売却する、といったことが起きてしまいます。
しかし仮に、第三者である監査法人が、予測された将来収益を一定の合理的な水準で保証することができれば、それを根拠に企業は資金調達ができる可能性があり、キャッシュフローは改善します。みすみすキャッシュカウを手放す必要はないのです。
また、我々のメンバーファームを含めて考えれば、現在は環境と社会関連に限定されている「統合報告書の第三者保証」の対象拡大も視野に入ってくるでしょう。単に実績値をチェックするのではなく、たとえばマテリアリティ(重要課題)やリスクについて、どのような策定プロセスを経たのか、ステークホルダーの評価はきちんと反映されているのか、そもそも本当に重要なのかどうかといったことを、公正な第三者である我々が評価、保証するのです。
こうした保証業務を高い専門性を持ってグローバルに一貫して提供できる存在は、民間組織ではかなり限られるはずです。その意味で、監査法人とそれを母体とするプロフェッショナルファームの存在価値の根幹は、「アシュアする力」にあると言っても過言ではないでしょう。
経営者の中には、AIで監査をするというと丸裸にされるようで抵抗を感じる方もいるかもしれません。しかし、企業にとってAI監査の意義は、不正の発見に留まりません。仕組みとデータの両方を精緻に見ることで、課題をいち早く解決して強みに転換できる。とらえ方次第で、企業経営そのものを変えるインパクトを持っています。
経営に役立つ
インサイトを生み出す
一口にAI監査と言っても、人によってとらえ方に幅があります。あれもこれも可能だという意見もあれば、過度な期待は禁物だという人もいます。あずさ監査法人が掲げているAI監査のコンセプトとは、どのようなものでしょうか。
まず明確にしておきたいのは、AI監査そのものが目的ではないということです。たしかにAIをはじめとするデジタルテクノロジーの活用は、会計監査のアプローチを根本的に変える可能性があります。
その一方で、会計監査の意義そのものに何ら変わりはありません。すなわち、財務諸表の適正性を保証すると同時に、その過程で得られた情報や発見を伝えて経営の高度化につなげることです。AIもビッグデータも、そのためのツールにすぎません。
そのうえで申し上げれば、あずさ監査法人では、網羅的監査(Comprehensive Audit)、一元的監査(Centralized Audit)、リアルタイム監査(Continuous Audit)の3つの手法でAI監査を推し進めていきます(図表「あずさ監査法人のAI監査:3C×Insights」を参照)。いずれも企業が直面する課題に直接的に応えるもので、デジタルテクノロジーなしでは実現しません。
ただし、ここで一つの疑問が生じます。システム構築ができてデータ分析力さえあれば、法律上はともかく実質的には、監査法人でなくても会計監査が行えてしまうのではないかという疑問です。しかし、結論から申し上げれば、そうした未来はおそらくやってこないでしょう。
たとえば異常な取引を発見しても、それが何を意味するのか、背景にどのような問題が隠されているのかを見抜いて、次にどういう行動を起こすべきかを判断するためには、経験を積んだ公認会計士や監査法人ならではのリスク感性や、経営改善につなげていく視点が欠かせません。問題の本質を見抜く、言わば「直観力」です。