コロナ禍でも活況が続くM&A市場だが、「何のためか」という目的が不明瞭であることにより、シナジーが生まれそうにないにもかかわらず、人気のDX銘柄に飛び付いて高値づかみをしてしまうケースも目につく。それらに共通しているのは、みずからのありたい姿を長期的な視点で描き切れていない点だろう。手段の目的化に陥らず、真の目的にたどり着くM&Aを実現するには何が必要なのか――。「パーパス経営」の提唱者として知られる一橋大学ビジネススクールの名和高司教授と、M&Aのリアルを熟知するデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリーの長山聡祐氏との対話を通して、ありたい姿にたどり着く道が浮かび上がった。
M&Aは「ありたい姿」を
実現する手段
長山聡祐
SOSUKE NAGAYAMA 2001年に監査法人トーマツ(現有限責任監査法人トーマツ)に入所し、数々の監査業務に従事。デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社へ転籍後、ニューヨーク勤務を経て、2013年より現職。製造業を中心としたさまざまな業種におけるインバウンド・アウトバウンドのクロスボーダー案件に多数従事。デューディリジェンス、PMI、カーブアウト、事業再編、IFRS導入など、多様な業務経験を有する。2021年よりESG & Climate Officeの運営を兼務し、ESGや気候変動といった社会アジェンダに対して、ファイナンシャルアドバイザリーという強みを活かした価値の創出を推進。著書に『第3版/M&A無形資産評価の実務』(共著、清文社、2016年)がある。公認会計士。
長山:コロナ禍により、一時的な落ち込みは見られたものの、M&A市場は依然として活況を呈しています。ただ、その内容には変化があり、大企業の再編による事業売却やスピンアウトが増えました。プライベートエクイティファンドによる日本市場への注目が高まったことが一つの要因です。
大企業によるベンチャー投資も目立ちます。DXやGX(グリーン・トランスフォーメーション)といった「XX」を目的としたベンチャーへの投資など、資本参加の件数が10年前と比べ4倍程度に急増し、全体の約半数を占めています。これらはM&Aの主な目的の一つとされる「時間を買う」のとは根本的に異なり、組織変革や行動変容を促すために、現在の延長線上にある時間軸では獲得が困難な強みを買う。言わば、既存事業からの「分岐点を買う」ものです。ただ、分岐した先は現在地から見通しにくくリスクが高い。そのため少額投資になりがちで、企業や既存事業を方向転換させるほどのインパクトをなかなか与えられないのが悩ましい点です。
名和:M&Aにはリスクがありますから、XX関連で出物があったからといって飛び付くのは賢明とはいえません。自社ならではの強みと、外部のケイパビリティやアセットを掛け合わせて内部化することで、他社には真似できない独自の価値を生み出せる領域に特化すべきでしょう。
その時に欠かせないのが、何を実現したいのか、本当にありたい姿はどのようなものかという自問です。当然5年や10年で届くような目標ではないので、30年くらいの長いスパンで考えて、思わずワクワクしてしまう壮大な志を掲げる。これに自社ならではの価値創出が加わって、初めて買収プレミアムを上回ることができます。重要なのは「何のためか」という目的であり、M&Aはそのための手段にすぎません。
長山:この「ワクワク」「ならでは」「できる」の3つは、名和先生が掲げている、本物のパーパスの条件ですね。この3つが揃い、目指すべき方向が明確であれば、たとえ少額の投資でもインパクトある分岐点となり、企業を方向転換させる力になります。また、いまは企業活動においてサステナビリティやESGの観点があらためて問われており、M&Aを成功させようとすればこれらを避けては通れません。不確実性が増す一方の経済社会で、さまざまなステークホルダーを意識しながらM&Aを効果的に用いて自社の価値を高めていくには、北極星としてのパーパスが借り物ではなく自社だけの本物なのか、これが重要だと思います。
名和:おっしゃる通りです。綺麗事を並べた、実態を伴わない「パーパスウォッシュ」には要注意です。綺麗事は絶対に実現しません。なぜならば、イノベーションが起きないからです。相当の覚悟と本気度があって、初めてイノベーションは生まれます。その原動力となるのが、「この会社ならそれを目指すはずだ」「あの企業なら実現するに違いない」と、社員や顧客、取引先、社会を納得させるような本物のパーパスなのです。