文芸春秋に入社して2018年に退社するまで40年間。『週刊文春』『文芸春秋』編集長を務め、週刊誌報道の一線に身を置いてきた筆者が語る「あの事件の舞台裏」。最近も東出昌大、渡部建など世間をあっと驚かせる「不倫」スクープを連発する文春だが、昔から記者には大きな苦悩があった――。(元週刊文春編集長、岐阜女子大学副学長 木俣正剛)

「不倫」は書くべきか
書かざるべきか

週刊文春に不倫をスクープされた渡部建
書くべき不倫か、書かざるべきものなのか――文春の記者たちが頭を悩ませるケースも少なくない Photo:JIJI

 不倫や芸能人の熱愛記事というと、なんだか、編集部は面白がってやっているんだろうと想像されがちです。

 もちろん、「不倫」は罪ですが、メディアが暴かなければ、つまりは“文春砲”がなければ、誰にも知られないままに終わったかもしれないし、あるいは夫婦の間でうすうす知っていても、どうせつかの間で、すぐ元の鞘(さや)に戻っていたようなカップルが、それでは済まなくなってしまうこともあります。もちろん記者も悩みます。書くべき不倫か、書かざるべきものなのか。

 いや、不倫記事そのものを、やりたくない記者だって当然います。

 もう30年も前になるでしょうか、ある地方の有名会社社長の不倫疑惑が浮上しました。「社長と秘書が明らかに不倫している。社長室から翌日の会議で使う重要な書類が秘書の自宅までファックスで送られ、そして、秘書の自宅から添削された文書が返ってくる」。そんな内容でした。

 そこでカメラマンと若手記者が出動して調べました。尾行すると、社長が秘書宅に立ち寄ることもままあります。中身は開けていませんが、堂々とゴミ袋(当時はビニール袋に入れるのではなく、いい加減な出し方でした)に、重要書類と思われる書類がシュレッダーにもかけないで、ゴミ出し場所に出してある。こういう報告でした。もう本人たちに直接取材するしかありません。

 しかしその時点で、若手記者が怒りだしました。「ゴミ袋を見るのは法律違反である。私は法を犯してまで、取材することを拒否する」と言うのです。元々正義感の強い青年でしたから、彼が怒る理由はわかります。しかし、カメラマンたちによると「中身を開けたりしてはいない。外に出してある、口の開いた紙袋を偶然、自宅の前を通ったときに見ただけです」と。

 このあたりの判断は、プライバシーや名誉棄損の基準が厳しくなった今とは、だいぶ違います。本当は記事にできるし、取材して相手が認めれば、ゴミ袋のことなど書かなければいいのだから、とすでにデスクになっていた私などは思いましたが、若い青年の客気は歓迎すべきです。

 努力したカメラマンには申し訳ないのですが、事情を説明していったん取材を打ち切りました。