アップル、全レコード会社、テイラー・スウィフトらアーティストを敵に回し、
アマゾン、グーグル、ジェイ・Zと競合し、
マイクロソフト、テンセントがその支配を狙う――。
スウェーデン発のIT企業スポティファイは、この絶望的なまでに不利な立場でありながら、いかにして生き残り、なぜ有料会員1億人超の世界No.1音楽ストリーミング企業へと成長することができたのか。
この度、企業評価額約3兆円を達成したスポティファイのすべてを世界で初めて明らかにした書籍『Spotify 新しいコンテンツ王国の誕生』が発売となった。今回は、メディア露出が極めて少ないスポティファイCEOダニエル・エクが語った、成功の2つの要因を同書「はじめに」からご紹介しよう。

Spotifyが企業評価額3兆円のユニコーンへと成長できた2つの理由

ジョブズが築き上げた帝国を打ち破った”スウェーデンのIT企業”

 スポティファイはたった10年で、レコード会社を違法コピーの嵐から救出し、音楽業界の未来図を描き、あの世界最大のアップル社に事業モデルの変更を迫る存在となった。iTunesは、楽曲をCDでセット販売という常識を覆し、バラ売りできるようにしたが、スポティファイはストリーミングを広めることでさらに一歩先を行き、ユーザーの好みを予測する新技術を確立した。スウェーデンの小企業が、ポップカルチャーにこれほどまで大きな影響を与えたのは前代未聞である。

 スポティファイのユーザーがよく聴いているのは同社が作成したプレイリストだ。ユーザーが好みの曲を選んでいくと、それを元にラジオ機能で似たような曲を集めてリストを作成する。同社のアルゴリズムと「ヒューマン・エディター」は、好みが似通った何百万という人々のデータを解析してそこに共通項を見出すと、瞬時に世界で唯一の音楽体験を提供する。この体験がどういったステップを踏んで、どういった流れで提供されているのかに思いを馳せるユーザーは稀であろう。そういうふうになっている、ただそれだけ。ユーザーはユーザーであればよいのであって、スポティファイはユーザーの生活を大きく変えるという使命を持つ。

 ヨーロッパ最大のIT企業「スポティファイ」は2006年、ストックホルムの南、ローグスベードで設立され、2019年秋、音楽ストリーミング分野で世界最大の企業となった。利用者は79ヵ国、2億3000万人以上に及ぶ。ウォールストリートでは約2700億クローナ(約3兆円)の値がついた。あのH&Mと肩を並べる額である。同社はスウェーデン発グローバル企業の仲間入りを果たした。だが、この13年間、まったく利益が出ていない。現在に至るまで山あり谷ありだったスポティファイ。その身の上にどのような艱難辛苦が降りかかったのだろうか。

 本書『Spotify(スポティファイ)』は、謎に包まれたスタートアップ企業が世界最大企業に成長し、ウォールストリートで華々しく上場するまでの非公式ノンフィクションである。独学のコンピューターおたくのダニエル・エクと共同創設者マルティン・ロレンツォンが投資家と交渉を始め、メンバーを集めて技術を確立したのはいつ頃なのか。本書では、知られざるヒーローの足跡をたどる。また、同社を目の敵にしているレコード会社から強敵スティーブ・ジョブズまでが、なぜ最終的に無料で音楽聴き放題という同社のビジョンにタダ乗りしたのかを追う。

謎多き起業家がふと漏らした2つの成功要因

 本書の著者として執筆のために創業者にインタビューをしたことはない。しかし、経済ジャーナリストとして、本書の執筆中に何度か顔を合わせたことがある。2018年8月、スポティファイは、経済関係プレスのためにオフィスを開放した。私たちも参加し、同社がここまで大きくなった最大の要因は何かをダニエル・エクに質問した。

「要因はふたつあると思う」彼は答えた。

「ひとつは、まだ他の誰もしていない無料サービスに賭けたこと。ひどく物議を醸すことになったけど」

「もうひとつは、スウェーデンで起業して、僕たちのモデルをヨーロッパでまず展開して、その後段階を踏んで海外組織を成長させていったこと。おかげでこのモデルには将来性があると最終的に音楽業界に認めさせることができたよ」

 ダニエル、君は執筆に協力する気はないと思うが、この本の内容に厳しく目を光らせているわけでもないと思う。だから、これまでスポティファイと関わった多くの人々に話を聞くことができた。君のすぐそばにいる人からも。同社の重要なポストにいる人も多い。役員もいるし、IT業界の投資家や音楽業界で決定権を持つ人もいる。ライバルもいる。最終的に、協力者は総勢約70人にもなった。

 匿名という条件でインタビューに応じた人もいた。そうして、センシティブな話題や同社に批判的な情報も手に入れることができた。年次報告書や経営者リスト、内部書類など信頼に足る、おびただしい量の書類にあたった。新聞記事やインタビューなど公の場に姿を現した時の記事などもまた本書の土台となっている。

 本書は、スウェーデンのひとりの若者が、誰も想像しなかった世界最大の音楽ストリーミングサービスを構築した感動のノンフィクションである。確固たる信念、類まれな意志、壮大な夢を持つひとりの人間が、世界最大のIT企業に挑んだ波乱万丈のストーリーである